十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下
此飮食アリ。此衣服アリ。此寒溫。此晝夜。此睡覺有テ生長スル。父母等ノ養育ニ因テ次第ニ生長スル。習ハセニ隨テ種種ノ事ヲ覺ユル。其覺ユルニハ遲速アル。利鈍アル。事ニモ理ニモ得テト不得手トアル。此般ノコトモヨク思惟スルモノハ聖道ヲ得ル基トナル。或ハ一類ノ心識明了ナル者ハ。此小兒ノ未タ情欲發セヌ時ニ不思議ノ事カ有シヤ。或ハ過去世慣習ノ事ヲ髣髴トシテ思ヒ浮ル。或ハ未タ知ス。世ニ觸レヌ歡遊樂戯藝術ナトニ心ヲ寄ル。或ハ此世ニ未タ對面セヌ人物ナトヲ心內ニ思量シ。或ハ未タ遊履セヌ處ノ山川聚落ノ夢中ニ現スル。或ハ誰教フルトナキ志ノ起ル。此等ノ人知ラヌ處ニ。業果ノ誤リナキコトヲ自知スルシヤ。
新字:此飲食アリ。此衣服アリ。此寒温。此昼夜。此睡覚有テ生長スル。父母等ノ養育ニ因テ次第ニ生長スル。習ハセニ随テ種種ノ事ヲ覚ユル。其覚ユルニハ遅速アル。利鈍アル。事ニモ理ニモ得テト不得手トアル。此般ノコトモヨク思惟スルモノハ聖道ヲ得ル基トナル。或ハ一類ノ心識明了ナル者ハ。此小児ノ未タ情欲発セヌ時ニ不思議ノ事カ有シヤ。或ハ過去世慣習ノ事ヲ髣髴トシテ思ヒ浮ル。或ハ未タ知ス。世ニ触レヌ歓遊楽戯芸術ナトニ心ヲ寄ル。或ハ此世ニ未タ対面セヌ人物ナトヲ心内ニ思量シ。或ハ未タ遊履セヌ処ノ山川聚落ノ夢中ニ現スル。或ハ誰教フルトナキ志ノ起ル。此等ノ人知ラヌ処ニ。業果ノ誤リナキコトヲ自知スルシヤ。
書き下し
此飲食アリ。此衣服アリ。此寒温。此昼夜。此睡覚有テ生長スル。父母等ノ養育ニ因テ次第ニ生長スル。習ハセニ随テ種種ノ事ヲ覚ユル。其覚ユルニハ遅速アル。利鈍アル。事ニモ理ニモ得テト不得手トアル。此般ノコトモヨク思惟スルモノハ聖道ヲ得ル基トナル。或ハ一類ノ心識明了ナル者ハ。此小児ノ未タ情欲発セヌ時ニ不思議ノ事カ有シヤ。或ハ過去世慣習ノ事ヲ髣髴トシテ思ヒ浮ル。或ハ未タ知ス。世ニ触レヌ歓遊楽戯芸術ナトニ心ヲ寄ル。或ハ此世ニ未タ対面セヌ人物ナトヲ心内ニ思量シ。或ハ未タ遊履セヌ処ノ山川聚落ノ夢中ニ現スル。或ハ誰教フルトナキ志ノ起ル。此等ノ人知ラヌ処ニ。業果ノ誤リナキコトヲ自知スルシヤ。
現代語訳
この飲食があり、この衣服があり、この寒さ暖かさ、この昼夜、この眠りと目覚めがあって成長する。父母などの養育によって次第に成長する。習わしに従って様々なことを覚える。その覚えるのには遅い速いがある。賢い鈍いがある。事にも理にも得手と不得手がある。このようなこともよく思いめぐらす者は、聖なる道を得る基となる。あるいは一類の、心の働きの明らかな者には、この子どもがまだ情欲を起こさない時に、不思議なことがあるのである。あるいは過去世で慣れ親しんだことを、ぼんやりと思い浮かべる。あるいはまだ知らず、世に触れたこともない遊びや楽しみや芸事などに心を寄せる。あるいはこの世でまだ対面したことのない人物などを心の内に思い描き、あるいはまだ訪れたことのない所の山川や村里が夢の中に現れる。あるいは誰が教えたのでもない志が起こる。これらの、人の知らない所に、業の果報に誤りがないことを自ら知るのである。
解説
この章句が説くこと
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説苑・說叢夫れ水は山に出でて海に入り、稼は田に生じて廩に藏す。聖人は生ずる所を見れば則ち歸する所を知る。
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『墨子』法儀昔の聖王、禹・湯・文・武は、兼ねて天下の百姓を愛し、率いて以て天を尊び鬼に事う。其の人を利すること多し、故に天、之を福し、立てて天子と為さしめ、天下の諸侯、皆な賓として之に事う。暴王、桀・紂・幽・厲は、兼ねて天下の百姓を惡み、率いて以て天を詬り鬼を侮る。其の人を賊うこと多し、故に天、之を禍し、遂に其の國家を失わしめ、身死して天下に僇と為り、後世の子孫、之を毁り、今に至るまで息まず。故に不善を為して以て禍を得る者は、桀・紂・幽・厲是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は、禹・湯・文・武是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は有り、人を惡み人を賊うて以て禍を得る者も亦た有り。
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荀子・大略篇凡そ物は乗じて来たる有り。其の出づるに乗ずる者は、是れ其の反(かへ)りなり。
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風姿花伝・第七 別紙口伝一、抑、因果とて、よきあしき時のあるも、公案を尽して見るに、ただめづらしき、めづらしからぬの二つなり。おなじ上手にておなじ能を、昨日今日見れども、おもしろやと見えつる事の、今またおもしろくもなき時のあるは、昨日おもしろかりつる心ならひに、今日はめづらしからぬによりて、わるしと見るなり。その後またよき時のあるは、先にわるかりつるものをと思ふ心、まためづらしきに還りて、おもしろくなるなり。されば、この道をきはめをはりて見れば、花とて別にはなきものなり。奥義をきはめて、よろづにめづらしき理をわれと知るならでは、花はあるべからず。経にいはく、善悪不二、邪正一如とあり。本来より、よきあしきとは何をもて定むべきや。ただ時によりて用足る物をばよき物とし、用足らぬをあしき物とす。この風体の品々も、当世の衆人諸所にわたりて、その時のあまねき好みによりて取出す風体、これ用足る為の花なるべし。ここにこの風体をもてあそめば、かしこにまた余の風体を賞翫す。これ、人々心々の花なり。いづれをまこととせんや。ただ時に用ゆるをもて花と知るべし。
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『墨子』節葬下以て刑政を治めんと欲するは、意う者、可なるか。其の説、又た不可なり。今、惟だ厚葬久喪を以て政を為す無し。國家、必ず貧しく、人民、必ず寡なく、刑政、必ず亂る。若の法、若の言のごとくし、若の道を行いて、上為る者をして此を行わしめば、則ち聴治する能わず、下為る者をして此を行わしめば、則ち事に從う能わず。上、聴治せざれば、刑政、必ず亂れ、下、事に從わざれば、衣食の財、必ず足らず。若し茍くも足らざれば、人の弟為る者は其の兄に求めて得ず、弟ならざる弟は必ず將に其の兄を怨まんとす。人の子為る者は其の親に求めて得ず、孝ならざる子は必ず且つ其の親を怨まんとす。人の臣為る者は之を君に求めて得ず、忠ならざる臣は必ず且つ其の上を亂さんとす。是を以て僻淫邪行の民、出づれば則ち衣無く、入れば則ち食無く、内に潰えて奚若んぞ並びに淫暴を為して、勝げて禁ず可からず。是の故に盜賊、衆くして治まる者、寡なし。盜賊を衆くして治まるを寡なくして、此を以て治を求むるは、譬うるに猶お人をして衆からしめて已に負わしむる毋きがごときなり。治の説、得可き無し。是の故に以て刑政を治めんことを求むるも、既已に不可なり。