囲炉夜話 / 第百八十一則・性命を講ずる者は經濟の才無かる可からず
存科名之心者,未必有琴書之樂。 講性命之學者,不可無經濟之才。
新字:存科名之心者,未必有琴書之楽。 講性命之学者,不可無経済之才。
書き下し
科名を存するの心ある者は、未だ必ずしも琴書の樂しみ有らず。 性命の學を講ずる者は、經濟の才無かる可からず。
現代語訳
科挙の合格を心に抱いている人に、必ずしも琴や書物を楽しむ心があるとは限りません。人の本性と天命の学問を講じる人は、世を治め民を救う才能がなくてはなりません。
解説
学問の姿勢の二つの偏りを戒める対句です。上の句は、試験に受かることばかりを考えている人は、琴を弾き書を読むこと自体の楽しみを知らないと言います。学問が手段になると、それを味わう心が失われるのです。下の句は逆の偏りで、性命の学、つまり心や本性を論じる哲学を講じる人も、経済の才、ここでは世を経め民を済う実務の力を欠いてはならないと言います。今の経済という語は、この経世済民から来ています。功利に偏って楽しみを失う人と、観念に偏って実務を失う人の両方を戒め、学問が心と暮らしの両方に根を下ろすことを求めています。
この章句が説くこと
学問科挙経世実用読書
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