囲炉夜話 / 第百七十七則・勢家の女の為に翁姑と作る
最不幸者,為勢家女作翁姑。最難處者,為富家兒作師友。
新字:最不幸者,為勢家女作翁姑。最難処者,為富家児作師友。
書き下し
最も不幸なる者は、勢家の女の為に翁姑と作るなり。最も處し難き者は、富家の兒の為に師友と作るなり。
現代語訳
最も不幸なのは、権勢ある家の娘を嫁に迎えて、その舅と姑になることです。最も扱いにくいのは、金持ちの家の子の師匠や友人になることです。
解説
家庭の実感から出た、ややほろ苦い対句です。翁姑とは嫁から見た舅と姑のことです。権勢のある家から嫁を迎えると、実家の威光を背にするため、舅姑は嫁を導くことも叱ることもできず、かえって気を遣うことになるというのです。下の句も同じ構図で、富家の子の師や友になると、親の財力が背後にあるので、率直に教えたり諫めたりしにくいと言います。どちらも、相手の背後にある勢いや富が、本来あるべき関係を歪めてしまう場面です。当時の家族観の中で語られた言葉ですが、縁故の新人を預かるなど、今の職場にも似た構図は見られます。
この章句が説くこと
権勢富貴師友家庭処世
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