囲炉夜話 / 第百七十則・處世は一步を退くを高しと為す
自奉必減幾分方好。處世能退一步為高。
新字:自奉必減幾分方好。処世能退一歩為高。
書き下し
自ら奉ずるは必ず幾分を減じて方めて好し。世に處するは能く一步を退くを高しと為す。
現代語訳
自分の暮らしに使うものは、必ず幾分か減らしてこそちょうどよいのです。世を渡るには、一歩退くことができるのを優れたこととします。
解説
自分への扱いと人への処し方を、どちらも控えめにせよと説く短い対句です。自奉とは、自分の衣食住をまかなうことです。必要と思う量から幾分か減らしておくと、ちょうどよくなると言います。欲は放っておくと膨らむので、初めから少し引いておくくらいで釣り合うのでしょう。下の句の退一歩は、人と争う場面で一歩譲ることです。譲れば道が広がり、結局は自分の立つ場所も広くなるという考えです。どちらも損をするように見えて、長い目では身を守る知恵です。正当な主張まで引っ込めることではなく、意地の張り合いから降りる余裕を指すと読むのがよいでしょう。
この章句が説くこと
謙譲倹約処世退歩節度
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