囲炉夜話 / 第百五十七則・一の利の字を看て破らず
人品之不高,總為一利字看不破。學業之不進,總為一懶字丟不開。
新字:人品之不高,総為一利字看不破。学業之不進,総為一懶字丟不開。
書き下し
人品の高からざるは、總て一の利の字を看て破らざるが為なり。學業の進まざるは、總て一の懶の字を丟てて開かざるが為なり。
現代語訳
人柄が高くならないのは、つまるところ「利」の一字を見抜けないからです。学業が進まないのは、つまるところ「懶(なまけ)」の一字を捨てきれないからです。
解説
人格と学問の停滞を、それぞれ一字に絞り込んだ対句です。看破とは見抜くこと、丟開とは放り捨てることで、どちらも清代の口語の言い回しです。人品が上がらない原因は利、つまり損得に心を奪われ、その正体を見抜けないことにあると言います。学業が進まない原因は懶、つまり面倒がる心を手放せないことにあります。原因を一字に絞ることで、直すべき点がはっきりします。利は外へ向かう欲、懶は内にこもる怠りで、二つで人の弱さの両面を押さえています。伸び悩んでいるとき、損得か面倒か、どちらが邪魔をしているかを見分ける手がかりになります。
この章句が説くこと
利欲怠惰修身学問人品
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