囲炉夜話 / 第百五十五則・盛衰の機は人謀に責む
盛衰之機,雖關氣運,而有心者,必責諸人謀。 性命之理,固極精微,而講學者,必求其實用。
新字:盛衰之機,雖関気運,而有心者,必責諸人謀。 性命之理,固極精微,而講学者,必求其実用。
書き下し
盛衰の機は、氣運に關はると雖も、而も心有る者は、必ず諸を人謀に責む。 性命の理は、固より精微を極むるも、而も講學する者は、必ず其の實用を求む。
現代語訳
栄えるか衰えるかの分かれ目は、時の巡り合わせにも関わりますが、心ある人は必ずその原因を人の計らいに求めます。人の本性と天命の道理は、もとより極めて精妙で奥深いものですが、学問を講じる人は必ずそれを実際に役立てることを求めます。
解説
運と理屈という二つの逃げ道をふさぐ対句です。気運とは時の巡り合わせのことで、家や国の盛衰がそれに左右されることを著者は否定しません。けれども心ある人は、運のせいにせず、人の計らいに何が足りなかったかを問うと言います。下の句の性命の理は、宋代以来の儒学が論じてきた人の本性と天命の哲学です。どれほど精妙な議論でも、学ぶ者は暮らしと行いに生かせるかを求めよというのです。運を言い訳にしないことと、理論を空論にしないことは、どちらも自分の手の届く所に責任を引き戻す態度です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
盛衰実用責任学問処世
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