囲炉夜話 / 第百五十一則・煙雲は乃ち富貴の幻形
山水是文章化境。煙雲乃富貴幻形。
書き下し
山水は是れ文章の化境なり。煙雲は乃ち富貴の幻形なり。
現代語訳
山や川は、文章が極まって自然と一つになった境地そのものです。煙や雲は、富貴がたちまち移ろう幻の姿を映したものです。
解説
自然の景色を二つの面から読む短い対句です。上の句の化境とは、技巧の跡が消えて自然に溶け込んだ最高の境地を言います。優れた文章は山水のように作為が見えず、山水はそのまま天地の書いた文章だという見方です。下の句は、湧いては消える煙や雲を、富貴のはかなさを映す姿として見ています。同じ自然を前にして、一方には学ぶべき手本を、もう一方には執着を戒める鏡を見出しているのです。散歩の途中に眺める景色からも、仕事の手本と自分の欲への戒めを同時に受け取ることができる、という心の構えを教えてくれる句です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
富貴無常文章自然処世
関連する章句
-
『幽夢影』巻上・文章は是れ案頭の山水文章は是れ案頭の山水、山水は是れ地上の文章なり。
-
『囲炉夜話』第六十五則・遊覽の處は皆な師友なり朱霞を觀て其の明麗を悟り、白雲を觀て其の卷舒を悟り、山嶽を觀て其の靈奇を悟り、河海を觀て其の浩瀚を悟れば、則ち俯仰の間は皆な文章なり。 綠竹に對して其の虛心を得、黃華に對して其の晚節を得、松柏に對して其の本性を得、芝蘭に對して其の幽芳を得れば、則ち遊覽の處は皆な師友なり。
-
言志四録・言志後録 第二十六条 山水の奇趣と人世山水の遊ぶべく観るべき者は、必ず是れ畳嶂攅峰、必ず是れ激流急湍、必ず是れ深林長谷、必ず是れ懸崖絶港なり。凡そ其の紫翠蒙密、雲烟変態、遠近相取り、険易相錯はりて、然る後に幽致有りて賞するに耐ふ。最も坤輿の文為るを見る。若し唯だ一山有り一水有るのみならば、則ち何の奇趣か之れ有らん。人世も亦猶ほ是くのごとし。
-
言志四録・言志後録 第百五十五条 一俯一仰みな教へ仰いで山を観れば、厚重にして遷らず。俯して水を見れば、汪洋として極まり無し。仰いで山を観れば、春秋変化す。俯して水を見れば、昼夜流注す。仰いで山を観れば、雲を吐き煙を呑む。俯して水を見れば、波を揚げ瀾を起す。仰いで山を観れば、其の頂を巍隆にす。俯して水を見れば、其の源を遠疏す。山水は無心、人を以て心と為す。一俯一仰、教に非ざるは莫し。
-
『囲炉夜話』第百五則・煙雲の眼を過ぐるがごとし權勢の徒は、至親と雖も亦た威福を作す、豈に知らんや煙雲の眼を過ぐるがごとく、已に立ちどころに其の消亡を見ることを。 奸邪の輩は、即ち平地にも亦た風波を起こす、豈に知らんや神鬼靈有りて、其の顛倒を聽すを肯んぜざることを。
-
『幽夢影』巻上・樓上に山を看る樓上に山を看、城頭に雪を看、燈前に月を看、舟中に霞を看、月下に美人を看るは、另に是れ一番の情境なり。