囲炉夜話 / 第百三十四則・真の氣節有りて才かに鐵面銅頭と算し得
成大事功,全仗著赤心斗膽。有真氣節,才算得鐵面銅頭。
新字:成大事功,全仗著赤心斗胆。有真気節,才算得鉄面銅頭。
書き下し
大事功を成すは、全く赤心斗膽に仗る。真の氣節有りて、才かに鐵面銅頭と算し得。
現代語訳
大きな事業を成し遂げるのは、ひとえに真心と大胆さにかかっています。本当の気骨と節操があってこそ、ようやく鉄の顔と銅の頭、つまり何ものにも屈しない人だと言えるのです。
解説
大事を成す力と、何ものにも屈しない強さの源を示した則です。赤心は偽りのない真心、斗胆は一斗の升ほどもある大きな肝っ玉、つまり大胆さのことです。大きな事業は、策略や才知よりも、この真心と胆力でこそ成し遂げられると言います。後半の鉄面銅頭は、権力や脅しにも顔色を変えない不屈の人を言う俗語です。ただの強情や厚かましさではなく、本当の気節、つまり気骨と節操があってはじめてそう呼べるのだと釘を刺しています。前半は事を起こす力、後半は信念を貫く力で、どちらも内なる真心と節操に根を持つという点でつながります。今日でも、大きな仕事には誠実さと度胸が要りますし、圧力に屈しない強さは、頑固さではなく守るべき筋があるかどうかで決まります。
この章句が説くこと
気節胆力赤心志修身
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