囲炉夜話 / 第百十五則・過ちを知りて能く改むれば聖人の徒なり
知過能改,便是聖人之徒。惡惡太嚴,終為君子之病。
新字:知過能改,便是聖人之徒。悪悪太厳,終為君子之病。
書き下し
過ちを知りて能く改むれば、便ち是れ聖人の徒なり。惡を惡むこと太だ嚴なれば、終に君子の病と爲る。
現代語訳
過ちを知ってそれを改めることができれば、それこそ聖人の仲間です。悪を憎むことがあまりに厳しすぎれば、結局は君子の病となります。
解説
自分の過ちへの向き合い方と、他人の悪への向き合い方を並べた則です。前半は、過ちを犯さない人ではなく、過ちを知って改める人こそ聖人の仲間だと言います。論語学而篇の、過ちては則ち改むるに憚ること勿れ、に通じる考えで、改過を説く了凡四訓とも響き合います。後半は、悪を憎む心は正しいものの、度が過ぎると君子の欠点になると戒めます。厳しすぎる正義感は、人を追い詰め、自分を狭くし、ときに争いを生むからです。自分の過ちには素直に、人の悪には寛く、という前後の対応が、この則の要です。今日でも、正しさを振りかざして他人を責めすぎる人がいますが、その姿はかえって周りを遠ざけます。改めるべきはまず自分の側だと気づかせる言葉です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
改過寛容君子恕修身
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