囲炉夜話 / 第百十三則・兄弟相師友とすれば天倫の樂しみ莫大なり
兄弟相師友,天倫之樂莫大焉。閨門若朝廷,家法之嚴可知也。
新字:兄弟相師友,天倫之楽莫大焉。閨門若朝廷,家法之厳可知也。
書き下し
兄弟相師友とすれば、天倫の樂しみ焉より大なるは莫し。閨門朝廷の若くなれば、家法の嚴なること知るべきなり。
現代語訳
兄弟が互いを師とも友ともするならば、天から授かった肉親の楽しみとして、これより大きいものはありません。家の奥向きが朝廷のように整っているならば、その家の決まりが厳正であることがわかります。
解説
兄弟の間柄と家の内の秩序を、師友と朝廷という比喩で描いた則です。天倫は親子や兄弟など、天の定めた肉親の間柄のことです。兄弟が互いに学び合い、励まし合う師であり友であれば、肉親としての楽しみはこの上ないと言います。後半の閨門は家の奥、つまり家族の暮らしの内側のことで、そこが朝廷のように礼儀正しく整っていれば、家法がしっかりしている証拠だというのです。前半は親しみ、後半は厳しさで、家には温かさとけじめの両方が要るという組み立てになっています。今日の家庭でも、兄弟姉妹が競い合うだけでなく教え合う関係になれるかどうか、家の中の小さな礼儀が保たれているかどうかは、家の空気を大きく左右します。
この章句が説くこと
兄弟家訓孝悌家法礼
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