囲炉夜話 / 第百九則・善を行ひて人を濟へば我に在りても快意たり
行善濟人,人遂得以安全,即在我亦為快意。 逞奸謀事,事難必其穩便,可惜他徒自壞心。 性情執拗之人,不可與謀事也。機趣流通之士,始可與言文也。
新字:行善済人,人遂得以安全,即在我亦為快意。 逞奸謀事,事難必其穏便,可惜他徒自壊心。 性情執拗之人,不可与謀事也。機趣流通之士,始可与言文也。
書き下し
善を行ひて人を濟へば、人遂に以て安全を得、即ち我に在りても亦た快意たり。 奸を逞しくして事を謀れば、事は其の穩便を必し難く、惜しむべし他の徒らに自ら心を壞ることを。 性情執拗の人は、與に事を謀るべからざるなり。機趣流通の士にして、始めて與に文を言ふべきなり。
現代語訳
善を行って人を救えば、その人は安らかに無事でいられ、自分にとっても気持ちのよいことです。悪だくみをほしいままにして事を運べば、その事が穏やかに収まる保証はなく、惜しいことに、その者はいたずらに自分の心をそこなうだけです。性格がかたくなな人とは、ともに事を計ることはできません。心の働きが柔らかく通じ合う人となら、はじめて文章を語り合うことができます。
解説
前の二句で善と奸の報いを比べ、後の二句で相談相手と語り合う相手を選ぶ目を示した則です。人を助ければ相手も安らぎ、自分も快く感じるという、善の報いがその場で返ってくる点が述べられます。反対に悪だくみは、うまくいく保証もないうえ、自分の心を壊すという、目に見えない損をもたらします。後半の執拗は、頑固で融通がきかないこと、機趣流通は、心が生き生きと動いて通い合うことです。前半は自分の心のあり方、後半は付き合う相手の心のあり方で、どちらも心が固く濁ると物事がうまく運ばないという点でつながります。今日でも、損得の前に心の快さを大切にし、話の通じる相手と組むことは、仕事を健やかに進める基本です。
この章句が説くこと
積善奸謀執拗交友処世
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