囲炉夜話 / 第三十八則・人をして我を欺くに忍びざらしむ
但患我不肯濟人,休患我不能濟人。 須使人不忍欺我,勿使人不敢欺我。
新字:但患我不肯済人,休患我不能済人。 須使人不忍欺我,勿使人不敢欺我。
書き下し
但だ我の人を濟ふを肯ぜざるを患へよ、我の人を濟ふ能はざるを患ふるを休めよ。 須らく人をして我を欺くに忍びざらしむべし、人をして敢へて我を欺かざらしむる勿れ。
現代語訳
自分が人を助けようとしないことだけを気にかけなさい。自分に人を助ける力がないことを気に病むのはやめなさい。人に、自分を欺くのは忍びないと思わせるようにしなさい。人に、怖くて自分を欺けないと思わせるようにしてはいけません。
解説
人を助ける心構えと、人に欺かれない在り方を説いた対句です。前半は、力が足りないことを言い訳にせず、助けようとする気持ちがあるかどうかを問えと言います。小さな手助けは、力の大小に関係なくできるからです。後半は、不忍と不敢の違いに要があります。不忍は相手が心から欺くに忍びないと思うこと、不敢は恐れて欺けないことです。徳によって慕われるか、威によって恐れられるかの違いで、恐れで抑えた関係は目が届かないところで崩れます。上に立つ人ほど、恐れではなく信頼で人との関係を築くことの大切さを教えています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
徳信頼威救済用人
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