囲炉夜話 / 第百八則・聖經賢傳は古今の命脈の繫る所
孝子忠臣,是天地正氣所鍾,鬼神亦為之呵護。 聖經賢傳,乃古今命脈所繫,人物悉賴以裁成。
新字:孝子忠臣,是天地正気所鍾,鬼神亦為之呵護。 聖経賢伝,乃古今命脈所繋,人物悉頼以裁成。
書き下し
孝子忠臣は、是れ天地の正氣の鍾まる所、鬼神も亦た之が爲に呵護す。 聖經賢傳は、乃ち古今の命脈の繫る所、人物悉く賴りて以て裁成す。
現代語訳
孝行な子や忠義の臣は、天地の正しい気が集まったものであり、鬼神でさえもその人のために守り助けます。聖人の経書や賢人の注釈書は、古今を貫く命脈がかかっているものであり、人はみなそれに頼って人物として形作られます。
解説
孝子忠臣という人と、聖経賢伝という書を並べて、世を支える二本の柱として描いた則です。正気は天地の間に満ちる正しい気のことで、宋の文天祥の正気の歌で広く知られた言葉です。孝子忠臣はその正気が凝り集まった存在で、鬼神までが守るというのは当時の信仰による言い方です。後半の聖経賢伝は、聖人の経と賢人の伝、つまり儒学の古典とその注釈を指し、人はそれによって裁成、つまり裁ち縫うように形を整えられると言います。前半は正気を体現する人、後半は人を育てる書で、人と書が互いに支え合う関係になっています。今日でも、手本となる人と、繰り返し読む古典の二つを持つ人は、迷ったときに立ち返る場所があります。
この章句が説くこと
孝忠正気古典読書
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