囲炉夜話 / 第九十九則・家を齊ふるには先づ身を修む
齊家先修身,言行不可不慎。讀書在明理,識見不可不高。
新字:斉家先修身,言行不可不慎。読書在明理,識見不可不高。
書き下し
家を齊ふるには先づ身を修む、言行は慎まざるべからず。書を讀むは理を明らかにするに在り、識見は高からざるべからず。
現代語訳
家を整えるには、まず自分の身を修めることです。だから言葉と行いを慎まないわけにはいきません。書物を読むのは道理を明らかにするためです。だから見識は高くなければなりません。
解説
大学の修身斉家の考えを、家庭の心得として言い直した則です。大学には、家を斉えんと欲する者は先ず其の身を修む、という言葉があり、前半はそれをそのまま家長の心得にしています。家を整えるのは規則を作ることより、家長自身の言葉と行いを慎むことだというのです。後半は読書の目的を明理、つまり物事の道理をはっきりさせることに置き、そのためには見識を高く持てと言います。前半は行い、後半は知恵を扱い、この二つがそろってはじめて家を導けるという組み立てです。今日でも、家庭や職場の雰囲気は、上に立つ人の日々の言動に大きく左右されます。本を読むのも知識を増やすためだけでなく、判断の目を高めるためだと考えると、読み方が変わってきます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
修身斉家読書見識家訓
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大学謂う所の国を治むるには必ず先ず其の家を斉(ととの)うとは、其の家を教うるべからずして、能く人を教うる者は、之れ無し。故に君子は家を出でずして教えを国に成す。孝は君に事(つか)うる所以なり。弟(てい)は長に事うる所以なり。慈は衆を使うる所以なり。《康誥》に曰く、「赤子を保(やすん)ずるが如し」と。心誠に之を求むれば、中(あた)らずと雖も遠からず。未だ子を養うを学んで而後嫁ぐ者は有らざるなり。一家仁なれば一国仁に興(おこ)り、一家譲なれば一国譲に興り、一人貪戾(たんれい)なれば一国乱を作(な)す。其の機(き)此(かく)の如し。此れ一言事を僨(やぶ)り、一人国を定むと謂う。堯(ぎょう)・舜(しゅん)天下を率いるに仁を以てして、民之れに従う。桀(けつ)・紂(ちゅう)天下を率いるに暴を以てして、民之れに従う。其の令する所其の好む所に反すれば、民従わず。是の故に君子は己に諸(これ)有りて而後人に諸を求め、己に諸(これ)無くして而後人に諸を非(そし)る。身に蔵する所恕(じょ)ならずして、能く諸を人に喻(さと)す者は、未だ之れ有らざるなり。故に国を治むるは其の家を斉うるに在り。《詩》に云く、「桃の夭夭(ようよう)たる、其の葉蓁蓁(しんしん)たり。之の子于(ここ)に帰(とつ)ぐ、其の家人に宜(よろ)し」と。其の家人に宜しくして、而後以て国人を教うべし。《詩》に云く、「兄に宜しく弟(おとうと)に宜し」と。兄に宜しく弟に宜しくして、而後以て国人を教うべし。《詩》に云く、「其の儀忒(たが)わず、是(ここ)に四国を正す」と。其の父子兄弟の法(のっと)るに足るを為して、而後民之れに法るなり。此れ国を治むるは其の家を斉うるに在りと謂う。
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大学古(いにしえ)の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の国を治む。其の国を治めんと欲する者は、先ず其の家を斉(ととの)う。其の家を斉えんと欲する者は、先ず其の身を修む。其の身を修めんと欲する者は、先ず其の心を正す。其の心を正さんと欲する者は、先ず其の意(こころざし)を誠にする。其の意を誠にせんと欲する者は、先ず其の知を致す。知を致すは物を格(ただ)すに在り。物格(ただ)して而後(のち)知至る。知至りて而後意誠なり。意誠にして而後心正し。心正しくして而後身修まる。身修まりて而後家斉う。家斉いて而後国治まる。国治まりて而後天下平らかなり。天子より以て庶人に至るまで、壹(いつ)に是れ皆身を修むるを以て本となす。其の本乱れて而も末治まる者は否(あら)ず。其の厚くする所の者薄くして、其の薄くする所の者厚きは、未だ之れ有らざるなり。此れ本を知ると謂う、此れ知の至りと謂うなり。
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