長短経 / 品目
所謂君子者、言必忠信而心不忌、〔忌、怨害也。〕仁義在身而色不伐、思慮通明而辭不專、篤行信道、自强不息、油然若將可越而終不可及者。此君子也。
新字:所謂君子者、言必忠信而心不忌、〔忌、怨害也。〕仁義在身而色不伐、思慮通明而辞不専、篤行信道、自強不息、油然若将可越而終不可及者。此君子也。
書き下し
所謂君子なる者は、言は必ず忠信にして心に忌まず、〔忌は怨害なり。〕仁義身に在りて色に伐らず、思慮通明にして辞に専らならず、篤く行い道を信じ、自強して息まず、油然として将に越ゆ可きが若くにして終に及ぶ可からざる者なり。此れ君子なり。
現代語訳
君子というのは、言葉は必ず忠実で誠があり、心に人を恨み傷つける思いがない。〔忌とは怨み害することである。〕仁義が身に備わっていながら顔色に誇らない。思慮は通り明らかでありながら言葉を独り占めにしない。篤く行って道を信じ、自ら努めてやまない。ゆったりとして、今にも追い越せそうに見えながら、ついに追いつけない者である。これが君子である。
解説
君子の定義でいちばん面白いのは最後の一句です。油然として、追い越せそうに見えて追いつけない。威圧感がないのに差が縮まらない、というあり方を言っています。仁義が身にあっても顔に出さず、思慮が明らかでも話を独占しない。つまり自分の優位を相手に感じさせない。それでいて努力が止まらないので、差は開いていきます。近寄りやすさと到達しがたさが同居している人。周りに一人思い当たれば、その人が君子です。
この章句が説くこと
人物鑑識五儀君子自強不息謙虚忠信
関連する章句
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荀子・哀公篇哀公曰く、善し。敢えて問う、何如なれば斯ち之を君子と謂うべきか、と。孔子対えて曰く、所謂る君子なる者は、言は忠信にして心に徳とせず、仁義身に在りて色に伐(ほこ)らず、思慮明通にして辞は争わず。故に猶然として将に及ぶべきが如き者は、君子なり、と。
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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孔子家語・五儀解公曰く、「何をか君子と謂う。」孔子曰く、「所謂君子なる者は、言必ず忠信にして心に怨みず、仁義身に在りて色に伐る無く、思慮通明にして辞専らにせず。篤行信道、自強息まず。油然として将に越ゆべきが若くにして、終に及ぶべからざる者なり。此れ則ち君子なり。
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論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
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