囲炉夜話 / 第八十六則・自己に靠るは他人に靠るに勝る
敬他人,即是敬自己。靠自己,勝於靠他人。 家之富厚者,積田產以遺子孫,子孫未必能保。 不如廣積陰功,使天眷其德,或可少延。 家之貧窮者,謀奔走以給衣食,衣食未必能充。 何若自謀本業,知民生在勤,定當有濟。
新字:敬他人,即是敬自己。靠自己,勝於靠他人。 家之富厚者,積田産以遺子孫,子孫未必能保。 不如広積陰功,使天眷其徳,或可少延。 家之貧窮者,謀奔走以給衣食,衣食未必能充。 何若自謀本業,知民生在勤,定当有済。
書き下し
他人を敬するは、即ち是れ自己を敬するなり。自己に靠るは、他人に靠るに勝る。 家の富厚なる者は、田產を積みて以て子孫に遺すも、子孫未だ必ずしも能く保たず。 廣く陰功を積み、天をして其の德を眷みしめ、或いは少しく延ぶべきに如かず。 家の貧窮なる者は、奔走を謀りて以て衣食に給するも、衣食未だ必ずしも充つる能はず。 何ぞ自ら本業を謀り、民生は勤に在るを知り、定めて當に濟ること有るべきに若かんや。
現代語訳
他人を敬うことは、そのまま自分を敬うことです。自分に頼るほうが、他人に頼るよりまさっています。富裕な家の者は、田畑を積み増して子孫に遺しますが、子孫がそれを守り通せるとは限りません。それよりも広く人知れぬ善行を積み、天にその徳を目をかけてもらえば、あるいは家運を少しは長らえさせられるでしょう。貧しい家の者は、あちこち奔走して衣食をまかなおうとしますが、衣食が十分になるとは限りません。それよりも自分の本業に励み、民の暮らしは勤勉にかかっていると知れば、きっと立ち行くようになるのではないでしょうか。
解説
冒頭の二句で他人との関係と自立を述べ、続いて富む家と貧しい家それぞれへの助言を並べた則です。敬人即敬己は、人を敬う者は人からも敬われ、結局は自分の品位を保つことになるという意味です。富む家には、田畑を遺すより陰功、つまり人に知られない善行を積めと言い、前の則の積善の考えと響き合います。貧しい家には、あちこち奔走するより本業に打ち込めと言います。民生は勤に在り、は春秋左氏伝に見える言葉で、勤勉であれば暮らしは窮しないという教えです。富む者は財より徳、貧しい者は奔走より本業と、それぞれの持ち場で頼るべきものを指し示している点が、冒頭の自己に靠るという句とつながります。今日でも、手っ取り早い儲け話を追うより、自分の本業を深める方が結局は確かです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
陰徳勤勉自立家訓本業
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