囲炉夜話 / 第八十五則・長者の人を待つの道
見人行善,多方贊成。見人過舉,多方提醒,此長者待人之道也。 聞人譽言,加意奮勉,聞人謗語,加意警惕,此君子修己之功也。
新字:見人行善,多方賛成。見人過舉,多方提醒,此長者待人之道也。 聞人誉言,加意奮勉,聞人謗語,加意警惕,此君子修己之功也。
書き下し
人の善を行ふを見ては、多方に贊成す。人の過舉を見ては、多方に提醒す、此れ長者の人を待つの道なり。 人の譽言を聞きては、意を加へて奮勉し、人の謗語を聞きては、意を加へて警惕す、此れ君子の己を修むるの功なり。
現代語訳
人が善い行いをするのを見たら、あれこれと手を尽くして後押しします。人が誤った振る舞いをするのを見たら、あれこれと手を尽くして気づかせます。これが長者の人に接する道です。人のほめ言葉を聞いたら、いっそう奮い立って努め、人のそしりの言葉を聞いたら、いっそう気を引き締めて戒めます。これが君子の自分を修める工夫です。
解説
人への接し方と自分の修め方を、それぞれ善と過ち、ほめ言葉とそしりの両面から組み立てた則です。前半は他人に向かう態度で、善は多方面から支え、過ちは多方面から気づかせる、というものです。多方という語から、一度言って終わりではなく、手を替え品を替えて働きかける根気が感じられます。後半は自分に向かう態度で、ほめられればさらに励み、そしられれば警戒を強めると言います。ほめ言葉に慢心せず、悪口に腹を立てないで、どちらも自分を磨く材料にするのです。長者と君子、待人と修己という二つの語の組がきれいに対応しています。今日でも、部下や同僚の良い行いを後押しし、過ちには丁寧に気づかせる人は信頼されます。評価も批判も、自分を伸ばす燃料にできるかどうかが問われています。
この章句が説くこと
修身長者君子誹謗励み
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論語・憲問篇子曰く、君子にして不仁なる者有るかな。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。
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論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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