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囲炉夜話 / 第八十一則・何者をか益友と爲す

何者為益友?凡事肯規我之過者是也。 何者為小人?凡事必徇己之私者是也。

書き下し

何者をか益友と爲す?凡そ事に肯んじて我が過ちを規す者是れなり。 何者をか小人と爲す?凡そ事に必ず己の私に徇ふ者是れなり。

現代語訳

どういう人が益友でしょうか。何事につけても、進んで自分の過ちを正してくれる人がそれです。どういう人が小人でしょうか。何事につけても、必ず自分の私利に従う人がそれです。

解説

前の則と同じ問答の形で、良い友と小人を見分ける物差しを示した則です。益友という言葉は論語季氏篇の、益者三友、つまり正直な友、誠実な友、見聞の広い友を思い出させます。著者はそれを一点に絞り、自分の過ちを規す、つまり諫めて正してくれるかどうかで測ります。これに対して小人は、何事でも自分の私を優先する人と定義されます。対になっているのは、相手のために言いにくいことを言えるか、自分のためだけに動くか、という向きの違いです。今日の職場でも、耳に痛い指摘をくれる人は煙たがられがちですが、その人こそ自分を伸ばしてくれる存在です。逆に、話を合わせてくれる人が実は自分の都合で動いていないか、見分ける目も要ります。友を選ぶ目は、自分を省みる目でもあります。

この章句が説くこと

益友小人諫言交友修身

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この一句を、あなたの毎日に。

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