囲炉夜話 / 第七十八則・器を藏して時を待つ
和氣迎人,平情應物。抗心希古,藏器待時。
新字:和気迎人,平情応物。抗心希古,蔵器待時。
書き下し
和氣もて人を迎へ、平情もて物に應ず。心を抗げて古を希ひ、器を藏して時を待つ。
現代語訳
和やかな気持ちで人を迎え、平らかな心で物事に応じます。志を高く掲げて古の賢人を慕い、才能を内に蔵して時機の来るのを待ちます。
解説
四つの短句で、人との接し方と志の持ち方を一度に示した則です。前の二句は外への態度で、和気と平情、つまり和やかさと落ち着きをもって人や物事に向き合うことを言います。後の二句は内なる構えで、抗心希古は心を高く持って古人を手本とすること、藏器待時は才能を見せびらかさずに時を待つことです。後者は易経の繋辞伝に、君子は器を身に蔵して時を待って動く、とある言葉を踏まえています。外には柔らかく、内には高く、という組み合わせがこの則の骨組みです。今日でも、腕のある人ほど周りに穏やかで、自分を売り込むより準備を積んで機会を待つものです。焦って前に出るより、器を磨きながら待つ時間をどう過ごすかが問われています。
この章句が説くこと
和気蔵器修身忍耐志
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