囲炉夜話 / 第七十六則・便ち是れ活菩薩
肯救人坑坎中,便是活菩薩。能脫身牢籠外,便是大英雄。
新字:肯救人坑坎中,便是活菩薩。能脱身牢籠外,便是大英雄。
書き下し
肯んじて人を坑坎の中より救はば、便ち是れ活菩薩なり。能く身を牢籠の外に脫せば、便ち是れ大英雄なり。
現代語訳
進んで人を穴ぼこの中から救い出そうとする人は、それこそ生きた菩薩です。自分の身を(名利や世俗のしがらみという)檻の外へ抜け出させることのできる人は、それこそ大英雄です。
解説
人を救う力と、自分を解き放つ力とを、菩薩と英雄になぞらえて対にした則です。坑坎は落とし穴やくぼみで、困窮や災難に落ちた人の境遇を指します。牢籠は鳥かごや檻のことで、ここでは名誉や利欲、世間の付き合いにがんじがらめになった状態をたとえています。菩薩は仏教で衆生を救う存在であり、著者は寺の中ではなく、目の前の人を助ける行いの中にそれを見ています。一方の英雄も、戦場の武勇ではなく、自分を縛るものから抜け出す力として描かれています。外へ向かう慈悲と、内へ向かう解放が一対になっているのが、この則の味わいです。今日なら、困っている同僚に手を差し伸べることと、見栄や惰性の檻から自分を出すことの両方が、同じく勇気のいる行いだと言えます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
救済菩薩英雄解脱処世
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