囲炉夜話 / 第六則・放手すべきは放手す
不能縮頭者,且休縮頭。可以放手者,便須放手。
書き下し
頭を縮むる能はざる者は、且く頭を縮むるを休めよ。以て手を放つべき者は、便ち須らく手を放つべし。
現代語訳
首をすくめて逃げられない場面では、ひとまず首をすくめるのをやめて向き合いなさい。手を放してよい場面では、すぐに手を放すべきです。
解説
引くべきでないときと、手放すべきときの見極めを説いた対句です。縮頭は首をすくめること、つまり責任や困難から身を引くことで、逃げられない場面でこそこそ身をかがめても、かえって事態は悪くなります。一方の放手は、握りしめているものを手放すことです。執着してよい場面は案外少なく、任せられることや済んだことは、潔く手を放したほうがよいのです。前半は逃げない勇気、後半は執着しない潔さで、どちらも状況を見て決める判断の話です。仕事でも、引き受けるべき責任と人に任せるべき作業を分けることが、力の使いどころを誤らない秘訣です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
決断執着勇気処世責任
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『徂徠先生答問書』卷上一被仰下候勇気の不足の儀、武門には尤なる御僉議に候。聖人の道も、知仁勇を三達徳と申候て、君子は勇なくて不叶事に候。大抵はしらぬ事をあやぶみ、なれぬ事には気遣申事、人情の常にて御座候。たとへば船頭の風波を恐れ候はぬは勇に似候へ共、馬にのせ候へば恐れ候。世に武篇者と被申候人も、礼法の場に至り候へば。殊の外に臆候事有之候は、皆しらずなれぬ事故に候。又幼児の、昼の間は遊び戯れ候坪の内を、夜中になれば恐れ候は、物の分ち目に見え不申故に候。然ども道理を知れば危ぶみ不申物と存じ、道理をしらんと計致し候へば、知れば知るほど疑生じ気遣多く成申物に候。只何となくなれ候事第一に候。初の程は先こらへ候て其事になれ候へば、後には気遣も危ぶみも次第にうせ行候事は、習れ候へば、其事にわたりてよく存候故に御座候。さればなれ不申儀に臆し申候とて、元来の勇気の不足にては無御座候。
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『武道初心集』治家武士たらむもの。我が妻女の身の上に於て。心に叶はざる義有之候はゞ。事の道理をいひ分けて。よく合點致す樣に申し敎へ。少々の義ならば思ひ免し。堪忍仕りて差置尤に候。然れ共元來心だて惡く。畢竟用に立間敷と存ずる程ならば。一向に暇を遣はし。親のもとへ送り返すは格別の義に候。左ながら左樣にも致さず。我が女房と定め。奧樣かみ樣と人にも言はせて指置者へ對し。高聲を揚げ。種々の惡口雜言に及ぶは。市町の裏屋脊戸屋の。傭夫役丁の風情は格別。既に一騎役をも勤むる武士の所行には。決して有まじき義に候。況や腰刀などをひねくり廻し。或は握り拳の一つもあて候類は。言語道斷の事にて臆病武士の仕業に候。子細を申すに武士の娘に生れ。人の女房と成程の年齡にて。男子の義ならば人に拳をあてられては中々こらへぬ筈なれ共。女性の淺ましさに。是非なく涙を流して。堪忍をば仕るにて候。總じて我に手向ひのならぬ相手と見懸て。理不盡の仕形に及ぶ義をば。猛き武士は決して致さぬものに候。猛き武士の嫌ふてせぬ事を。好みて致すものをさして。臆病者とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
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『春秋左氏伝』文公二年 狼瞫、死所を得る瞫曰く、「《周志》に之れ有り、『勇にして則ち上を害するは、明堂に登らず』と。死して義ならざるは、勇に非ざるなり。共に用ゐらるる之を勇と謂ふ。吾勇を以って右を求む。勇無くして黜けらるるは、亦た其の所なり。上我を知らずと謂ふも、黜けられて宜ならば、乃ち我を知るなり。子姑く之を待て」と。彭衙に及びて既に陳し、其の屬を以って秦の師に馳せ、焉に死す。晉の師之に從ひ、大いに秦の師を敗る。君子謂ふ、狼瞫是に於いてか君子なり、と。《詩》に曰く、「君子如し怒らば、亂庶(こひねが)はくは遄(すみ)やかに沮(や)まん」と。又曰く、「王赫として斯れ怒り、爰に其の旅を整ふ」と。怒りて亂を作さず、而して以って師に從ふ、君子と謂ふ可し。秦伯猶ほ孟明を用ふ。孟明增して國政を脩め、重ねて民に施す。趙成子諸大夫に言ひて曰く、「秦の師又至らば、將に必ず之を辟けんとす。懼れて德を增す、當たる可からざるなり。《詩》に曰く、『爾が祖を念ふ毋からんや、聿(ここ)に厥の德を脩む』と。孟明之を念へり。德を念ひて怠らず、其れ敵す可けんや」と。
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『肝要工夫録』・勇気とは勇はいさむと訓じて、何事も決斷よく、物事をしとげ、少しも臆する氣なく、外は溫和謙遜にして、かりそめにも、人の無禮を咎めず、內に勇剛を專にして、血氣麁忽の振舞なく、いかにも柔に見ゆるといへども、心操の大丈夫なること、鐵石の如くなるを、勇氣の者といふ。武士は、とりわけ勇氣なくては叶はぬ事にて、諺にも、唐土の虎は毛を惜み、日本の武士は名を惜むといへるは本朝の武士の勇氣を、よく〱言ひ取りたる言葉なり。名を惜むは、恥ある士の心にて、義勇ともに名を惜む中に備はることなれば、名利などいへる意味とは大に違ふ事なり。故に勉めて武勇を勵むべき事、肝要なり。しかれども、あしく勇に勵むときは、血氣の勇にして、俠者といふ者なり。
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論語・述而篇子、顔淵に謂いて曰く、「之を用うれば則ち行い、之を舎つれば則ち蔵る。惟だ我と爾と是れ有るかな。」子路曰く、「子、三軍を行らば、則ち誰と与にせん。」子曰く、「暴虎馮河、死して悔い無き者は、吾与にせざるなり。必ずや事に臨みて懼れ、謀を好みて成す者なり。」
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『講孟余話』公孫丑上 第二章「孟施舎の勇を養ふ所や」。此の章浩然の気を論ず、其の論甚だ盛大雄偉なり。北宮黝・孟施舎の勇の如きは固より言ふに足らず。但し孟施舎の勇は、武士戦場に向ふ時は角こそ有り度きことなり、因りて其の略を言はん。無懼の二字是れ主なり。勇気敵を呑むと云ふ如く、百万の大敵目に余ると雖も、屑ともせぬことなり。死を知れば必ず勇と云へば、打死と覚悟さへ定まりたれば、大敵猛勢も畏るるに足ることなし。然れども此の勇を養ひて大になさざれば、仮令覚悟定まりたれども、勇気敵を呑む所なし、未だ孟施舎の勇を語るに足らず。孟施舎の如き者一人陣中にあれば、惣軍の気是れが為に大いに増盛し、敗軍も転じて勝軍となる者なり。此の人一人国中にあれば、闔国の気是れが為に増盛し、弱国も転じて強国となる者なり。況や此の人を挙げて将帥の任となすに於てをや。強将の下弱兵なきこと必せり。士安ぞ茲に志さざるべけんや。