囲炉夜話 / 第七十則・名を顧みて義を思ふ
古人比父子為橋梓,比兄弟為花萼,比朋友為芝蘭。敦倫者,當即物窮理也。 今人稱諸生曰秀才,稱貢生曰明經,稱舉人曰孝廉。為士者,當顧名思義也。
新字:古人比父子為橋梓,比兄弟為花萼,比朋友為芝蘭。敦倫者,当即物窮理也。 今人称諸生曰秀才,称貢生曰明経,称舉人曰孝廉。為士者,当顧名思義也。
書き下し
古人は父子を比して橋梓と為し、兄弟を比して花萼と為し、朋友を比して芝蘭と為す。倫を敦くする者は、當に物に即きて理を窮むべきなり。 今人は諸生を稱して秀才と曰ひ、貢生を稱して明經と曰ひ、舉人を稱して孝廉と曰ふ。士為る者は、當に名を顧みて義を思ふべきなり。
現代語訳
古人は父と子を橋の木と梓の木にたとえ、兄弟を花とがくにたとえ、友人を霊芝と蘭にたとえました。人の道を厚く守ろうとする者は、物に即してその道理を究めるべきです。今の人は、生員を秀才と呼び、貢生を明経と呼び、挙人を孝廉と呼びます。士人たる者は、その名を顧みてその意味を思うべきです。
解説
人間関係のたとえと、科挙の身分の呼び名から、それぞれ学ぶべきことを示した対句です。橋梓は、高くそびえる橋の木と低く垂れる梓の木で、父の尊さと子の従順を表す古いたとえです。花萼は花とがくが支え合う様子で兄弟の親しさを、芝蘭は香り高い草で良い友を表します。敦倫は、人倫を厚くすることです。後半の秀才、明経、孝廉は、清代に科挙の各段階の資格者を呼んだ雅称です。すぐれた才、経書に明るい者、孝行で清廉な者という名にふさわしくあれと言います。呼ばれる肩書きの意味を問い、それに恥じない中身を持つことは、今の役職名にも通じます。
この章句が説くこと
人倫名分孝交友肩書
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