囲炉夜話 / 第六十則・浪子頭を回らす
浪子回頭,仍不慚為君子。貴人失足,便貽笑於庸人。
書き下し
浪子頭を回らせば、仍ほ君子為るに慚ぢず。貴人足を失へば、便ち笑ひを庸人に貽す。
現代語訳
身を持ち崩した放蕩者でも心を入れ替えれば、なお君子となって恥じるところはありません。身分の高い人が一度踏み外せば、たちまち凡人の笑いものになります。
解説
過去より今の行いが人を決めるという点を、二つの方向から述べた対句です。浪子回頭は、放蕩息子が改心することで、今でも中国語の成句として使われます。過去にどれほど身を持ち崩しても、立ち返れば君子として恥じることはないと言います。了凡四訓の改過にも通じる、やり直しを肯定する言葉です。後半の失足は、足を踏み外す、つまり過ちを犯して身を誤ることです。高い地位の人は、一度の失敗で凡人にまで笑われます。今どん底にある人には励ましとなり、今高いところにいる人には戒めとなる、両方に向けた一則です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
改過回心戒め君子処世
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