囲炉夜話 / 第五十則・聖賢の人を教ふるは一條の正路
天地生人,都有一個良心。苟喪此良心,則人去禽獸不遠矣。 聖賢教人,總是一條正路。若舍此正路,則常行荊棘之中矣。
新字:天地生人,都有一個良心。苟喪此良心,則人去禽獣不遠矣。 聖賢教人,総是一条正路。若舎此正路,則常行荊棘之中矣。
書き下し
天地の人を生ずる、都て一個の良心有り。苟くも此の良心を喪へば、則ち人の禽獸を去ること遠からず。 聖賢の人を教ふる、總て是れ一條の正路なり。若し此の正路を舍つれば、則ち常に荊棘の中を行く。
現代語訳
天地が人を生み出すとき、誰にも一つの良心を備えさせています。もしこの良心を失えば、人は鳥獣からさほど遠くありません。聖賢が人に教えるのは、すべて一筋の正しい道です。もしこの正しい道を捨てれば、いつもいばらの中を歩くことになります。
解説
人に生まれつき備わる良心と、聖賢の示す正路を並べた対句です。良心は『孟子』告子上篇に見える語で、人が本来持っている善い心のことです。孟子は、人と禽獣の違いはわずかで、それを失えば禽獣と変わらないと説きました。後半は、聖賢の教えはつまるところ一筋の正しい道であり、それを外れれば荊棘、いばらの中を行くように苦労が絶えないと言います。近道に見える不正な道が、実は最も歩きにくい道だというのです。内なる良心と外から示される正路の両方を持つことで、人は迷わずに歩けます。迷ったときは、良心に恥じない道が結局いちばん楽な道です。
この章句が説くこと
良心正道聖賢修身孟子
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