囲炉夜話 / 第四十九則・劉氏を安んずる者は必ず絳侯
敦厚之人,始可托大事,故安劉氏者,必絳侯也。 謹慎之人,方能成大功,故興漢室者,必武侯也。
書き下し
敦厚の人は、始めて大事を托すべし、故に劉氏を安んずる者は、必ず絳侯なり。 謹慎の人は、方に能く大功を成す、故に漢室を興す者は、必ず武侯なり。
現代語訳
人柄に厚みのある誠実な人にして、はじめて大事を託すことができます。だから劉氏(漢の皇室)を安泰にするのは、必ず絳侯(周勃)なのです。慎み深い人にして、はじめて大きな功績を成し遂げられます。だから漢室を興そうとしたのは、必ず武侯(諸葛亮)なのです。
解説
大事を託せる人の資質を、歴史上の二人で示した対句です。絳侯は前漢の周勃で、高祖劉邦が死に臨んで、劉氏を安んずるのは必ず周勃だろうと言ったことが『史記』に見えます。のちに周勃は呂氏一族を除いて漢室を守りました。武侯は三国蜀の諸葛亮で、一生謹慎の人と言い伝えられ、漢室の再興に力を尽くしました。重厚さと慎重さは、華やかな才気より地味に見えますが、大事を任せられる人の条件だというのです。人を選ぶときも自分を磨くときも、目立つ才能より、誠実で慎重な人柄を重んじることの大切さを教えています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
敦厚謹慎人材周勃用人
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