囲炉夜話 / 第四十七則・疼みを忍ぶは易く癢きを忍ぶは難し
東坡志林有云:人生耐貧賤易,耐富貴難;安勤苦易,安閑散難;忍疼易,忍癢難;能耐富貴、安閑散、忍癢者,必有道之士也。 余謂如此精爽之論,足以發人深省,正可於朋友聚會時,述之以助清談。
新字:東坡志林有云:人生耐貧賤易,耐富貴難;安勤苦易,安閑散難;忍疼易,忍癢難;能耐富貴、安閑散、忍癢者,必有道之士也。 余謂如此精爽之論,足以発人深省,正可於朋友聚会時,述之以助清談。
書き下し
東坡志林に云ふ有り、人生は貧賤に耐ふるは易く、富貴に耐ふるは難し。勤苦に安んずるは易く、閑散に安んずるは難し。疼みを忍ぶは易く、癢きを忍ぶは難し。能く富貴に耐へ、閑散に安んじ、癢きを忍ぶ者は、必ず有道の士なり、と。 余謂へらく、此くの如き精爽の論は、以て人の深省を發するに足る、正に朋友聚會の時に於いて、之を述べて以て清談を助くべし、と。
現代語訳
『東坡志林』にこうあります。「人生では、貧賤に耐えるのはやさしく、富貴に耐えるのは難しい。勤労と苦労に安んじるのはやさしく、暇でのんびりした境遇に安んじるのは難しい。痛みをこらえるのはやさしく、かゆみをこらえるのは難しい。富貴に耐え、暇に安んじ、かゆみをこらえることのできる者は、必ず道を身につけた人である」。私が思うに、このように鋭くさわやかな議論は、人に深く省みさせるのに十分です。まさに友人が集まるときに語って、清らかな語らいの助けとすべきです。
解説
『東坡志林』は北宋の蘇軾、号は東坡の随筆集で、著者はその言葉としてこれを引きます。引かれた言葉は、苦境より順境のほうが耐えがたいという逆説を三つ重ねています。貧しさや痛みは身構えて耐えられますが、富や暇やかゆみは、じわじわと心をゆるめ、気づかぬうちに人を崩すというのです。かゆみのたとえが巧みで、痛みは歯を食いしばれますが、かゆみはつい掻いてしまいます。著者はこれを精爽の論と評し、友人との語らいの話題にせよと勧めます。今日なら、成功したあとや時間ができたときこそ、自分を律する力が試されるということです。
この章句が説くこと
忍富貴閑散自律蘇軾
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