囲炉夜話 / 第三十九則・己を責めて人を責めず
但責己不責人,此遠怨之道也。但信己不信人,此取敗之由也。
書き下し
但だ己を責めて人を責めざる、此れ怨みを遠ざくるの道なり。但だ己を信じて人を信ぜざる、此れ敗を取るの由なり。
現代語訳
ただ自分を責めて人を責めないこと、これは怨みを遠ざける道です。ただ自分を信じて人を信じないこと、これは失敗を招くもとです。
解説
同じ己だけという形でも、責めるときと信じるときで結果が逆になることを示した対句です。前半は『論語』衛霊公篇の「躬自ら厚くして薄く人を責むれば、則ち怨みに遠ざかる」に通じます。失敗の原因をまず自分に求める人は、人の恨みを買いません。後半は、自分だけを信じ人を信じない独りよがりが、失敗の原因になると言います。人の意見を聞かず、任せることもできなければ、見落としが増え、協力も得られないからです。責任は自分に引き受け、信頼は人に向ける、この組み合わせが人と組んで事をなす基本です。
この章句が説くこと
恕自省怨み独善修身
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