囲炉夜話 / 第二十六則・福壽は天生と雖も
發達雖命定,亦由肯做工夫。福壽雖天生,還是多行陰騭。
新字:発達雖命定,亦由肯做工夫。福寿雖天生,還是多行陰騭。
書き下し
發達は命定と雖も、亦た工夫を做すを肯ずるに由る。福壽は天生と雖も、還た是れ多く陰騭を行へ。
現代語訳
出世は運命で定まっているとはいっても、やはり努力を惜しまないかどうかにもよります。福と長寿は天から授かるものだとはいっても、やはり多く陰徳を行うことです。
解説
運命と努力の関係を、功名と福寿の二面から述べた一則です。発達は出世や成功、工夫はここでは努力や修練のことです。成功に天命の面があることを認めつつ、努力をいとわない人にこそ道が開けると言います。後半の陰騭は、人知れず行う善、つまり陰徳のことで、明清の善書で広く説かれた語です。福や長寿も天与のものと言われるが、それでも陰徳を積むことが大切だとします。命を認めながら人事を尽くすという姿勢は、了凡四訓の立命の考え方とも通じます。結果は自分で選べなくても、努力と善行は選べるという点が、この則の要です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
陰徳立命努力福寿積善
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