囲炉夜話 / 第二十二則・其の身を正して以て之を率ゐる
父兄有善行,子弟學之或不肖。 父兄有惡行,子弟學之則無不肖。 可知父兄教子弟,必正其身以率之,無庸徒事言詞也。 君子有過行,小人嫉之不能容。 君子無過行,小人嫉之亦不能容。 可知君子處小人,必平其氣以待之,不可稍形激切也。
新字:父兄有善行,子弟学之或不肖。 父兄有悪行,子弟学之則無不肖。 可知父兄教子弟,必正其身以率之,無庸徒事言詞也。 君子有過行,小人嫉之不能容。 君子無過行,小人嫉之亦不能容。 可知君子処小人,必平其気以待之,不可稍形激切也。
書き下し
父兄に善行有るも、子弟之を學びて或いは肖ず。 父兄に惡行有れば、子弟之を學びて則ち肖ざる無し。 知るべし、父兄の子弟を教ふるは、必ず其の身を正して以て之を率ゐ、徒らに言詞を事とするを庸ふる無きを。 君子に過行有れば、小人之を嫉みて容るる能はず。 君子に過行無きも、小人之を嫉みて亦た容るる能はず。 知るべし、君子の小人に處するは、必ず其の氣を平らかにして以て之を待ち、稍しも激切を形はすべからざるを。
現代語訳
父兄に善い行いがあっても、子弟がそれを学んで似ないことがあります。父兄に悪い行いがあれば、子弟はそれを学んで必ず似てしまいます。ここから、父兄が子弟を教えるには、必ず自分の身を正して手本となって導くべきで、ただ言葉で教えることに頼るには及ばないと分かります。君子に過ちの行いがあれば、小人はそれをねたんで受け入れません。君子に過ちの行いがなくても、小人はねたんでやはり受け入れません。ここから、君子が小人に対するときは、必ず気持ちを平らかにして接し、少しも激しい態度を表してはならないと分かります。
解説
二つの観察から二つの教訓を導く、本書では長めの一則です。前半は、善は学んでもなかなか身につかず、悪は学べば必ず身につくという非対称に目を向けます。不肖は、ここでは似ないという意味です。だから子の教育は言葉より、親自身の身を正すことに尽きると言います。後半は、小人は君子に過ちがあってもなくても妬むという観察です。どうしても妬まれるのなら、相手に合わせて感情的になるのは損で、気を平らかに保つしかないというのです。前半は自分の姿勢を正すこと、後半は他人の悪意に心を乱さないことで、どちらも自分の側を整える話です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
家訓率先身教嫉妬平静
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