囲炉夜話 / 第十六則・父兄の教育の繫る所
每見待子弟,嚴厲者,易至成德,姑息者,多有敗行,則父兄之教育所繫也。 又見有子弟,聰穎者,忽入下流,庸愚者,轉為上達,則父兄之培植所關也。
新字:毎見待子弟,厳厲者,易至成徳,姑息者,多有敗行,則父兄之教育所繋也。 又見有子弟,聰穎者,忽入下流,庸愚者,転為上達,則父兄之培植所関也。
書き下し
每に子弟を待つを見るに、嚴厲なる者は、德を成すに至り易く、姑息なる者は、多く敗行有り、則ち父兄の教育の繫る所なり。 又た子弟有るを見るに、聰穎なる者の、忽ち下流に入り、庸愚なる者の、轉じて上達を為すは、則ち父兄の培植の關はる所なり。
現代語訳
子弟への接し方を見ていると、厳しくする家では子が徳を身につけやすく、甘やかす家では子の行いが崩れることが多いものです。これは父兄の教育にかかっていることです。また、聡明な子弟が不意に下の流れに落ち、平凡で愚かに見えた子弟がかえって上に達する例も見ます。これは父兄の育て方にかかわることです。
解説
子の出来不出来は生まれつきより育て方で決まるという一則です。前半は接し方の厳しさと甘さ、後半は資質と結果の逆転を取り上げます。姑息は、その場しのぎで甘やかすことです。聡明な子が崩れ、平凡な子が伸びるのは、父兄が何を育てたかによるというのです。培植は、植物を培うように人を育てることです。ここで言う厳しさは怒鳴ることではなく、筋の通った基準を曲げないことと読むのがよいでしょう。才能ある新人ほど甘やかされて伸び悩むことは職場でもよくあり、育てる側の責任を問う言葉です。
この章句が説くこと
家訓教育厳格姑息育成
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