囲炉夜話 / 第十四則・淡にして之を置く
潑婦之啼哭怒罵,伎倆要亦無多,靜而鎮之,則自止矣。 讒人之簸弄挑唆,情形雖若甚迫,淡而置之,則自消矣。
新字:溌婦之啼哭怒罵,伎倆要亦無多,静而鎮之,則自止矣。 讒人之簸弄挑唆,情形雖若甚迫,淡而置之,則自消矣。
書き下し
潑婦の啼哭怒罵は、伎倆要するに亦た多き無し、靜にして之を鎮むれば、則ち自づから止む。 讒人の簸弄挑唆は、情形甚だ迫るが若しと雖も、淡にして之を置けば、則ち自づから消ゆ。
現代語訳
気性の荒い女性が泣きわめき怒鳴り散らしても、その手管はつまるところ多くはありません。静かに落ち着かせれば、自然とおさまります。人を陥れる者があおり立てそそのかすときは、事態がひどく差し迫っているように見えても、淡々と放っておけば、自然と消えていきます。
解説
激しい感情や悪意ある言葉にどう対するかを説いた対句です。潑婦は気の荒い女性を指す当時の言い方で、今日なら性別に限らず感情を爆発させる人と読むのがよいでしょう。騒ぎに騒ぎで応じず、静かに受け止めれば、やがて勢いは尽きると言います。後半の讒人は人を陥れようと告げ口をする者、簸弄挑唆はあおってそそのかすことです。差し迫って見えても、過剰に反応すれば相手の思うつぼで、淡々と構えれば噂は自然に消えます。ただしこれは挑発に乗らない心構えであり、実害のある中傷や嫌がらせまで黙って耐えよという意味ではありません。
この章句が説くこと
忍沈着讒言寛容処世
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