囲炉夜話 / 第七則・水に鏡みずして人に鏡みる
不鏡於水而鏡於人,則吉凶可監也。 不蹶於山而蹶於垤,則細微宜防也。
書き下し
水に鏡みずして人に鏡みれば、則ち吉凶監みるべきなり。 山に蹶かずして垤に蹶けば、則ち細微宜しく防ぐべきなり。
現代語訳
水に姿を映すのではなく人を鏡とすれば、吉凶を見て取ることができます。人は山ではつまずかず、蟻塚のような小さな盛り土でつまずくのですから、細かなことこそ防ぐべきです。
解説
前半は『墨子』にも見える言葉で、水に映せば顔かたちが分かるだけだが、人を鏡とすれば吉凶が分かるという意味です。他人の成功や失敗を見て、自分の身の処し方を知るということです。後半の垤は蟻塚のような小さな盛り土で、人は大きな山ではつまずかず、足元の小さな盛り上がりでつまずくという古いことわざを踏まえます。大きな危険には誰もが用心しますが、油断が生まれるのは小事です。二つの句は、他人を見て学ぶことと足元の小事に気を配ることで、どちらも失敗を未然に防ぐ知恵としてつながっています。
この章句が説くこと
戒め細心油断鑑処世
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