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囲炉夜話 / 第三則・幾分の饑寒を帶ぶ

飽暖人所共羨,然使享一生飽暖,而氣昏志惰,豈足有為? 饑寒人所不甘,然必帶幾分饑寒,則神緊骨堅,乃能任事。

新字:飽暖人所共羨,然使享一生飽暖,而気昏志惰,豈足有為? 饑寒人所不甘,然必帯幾分饑寒,則神緊骨堅,乃能任事。

書き下し

飽暖は人の共に羨む所なり、然れども一生の飽暖を享けしめて、氣昏く志惰らば、豈に為す有るに足らんや。 饑寒は人の甘んぜざる所なり、然れども必ず幾分の饑寒を帶ぶれば、則ち神緊まり骨堅く、乃ち能く事に任ず。

現代語訳

満腹で暖かい暮らしは誰もがうらやむものです。しかし一生満ち足りた暮らしをさせて、気がぼんやりし志が怠けてしまえば、どうして何かを成し遂げられるでしょうか。飢えや寒さは誰もが嫌がるものです。しかし必ずいくらかの飢えと寒さを身に帯びていれば、精神が引き締まり骨が固くなって、ようやく仕事を任せられるようになります。

解説

満ち足りた暮らしと、ほどよい不足とを対比した一則です。飽暖は食べ物と衣服が足りていること、饑寒はその逆です。著者は飽暖そのものを否定せず、それが一生続いて気持ちがゆるむことを戒めます。反対に、いくらかの不足を抱えていることが心身を引き締めると説きます。任事は、仕事を担い引き受けることです。何でもそろう環境にいるときほど、自分であえて少し不便を残し、楽すぎる道ばかりを選ばないことが、仕事を任される人になる近道かもしれません。子育てで何でも先回りして与えすぎないことにも通じます。

この章句が説くこと

勤倹飽暖饑寒修身鍛錬

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