法句経 / 第十 刀杖の部 一三一・一三二 群生は楽を欣ぶ
一三一 群生は樂を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害ひ、己の樂を求むるときは(其人)死して樂を得ず。 一三二 群生は樂を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害はずして、己の樂を求むるときは(其人)死して樂を得ん。
新字:一三一 群生は楽を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害ひ、己の楽を求むるときは(其人)死して楽を得ず。 一三二 群生は楽を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害はずして、己の楽を求むるときは(其人)死して楽を得ん。
書き下し
一三一 群生は楽を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害ひ、己の楽を求むるときは(其人)死して楽を得ず。 一三二 群生は楽を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害はずして、己の楽を求むるときは(其人)死して楽を得ん。
現代語訳
生きとし生けるものは安楽を喜ぶ。もし人が刀や杖で(他の者を)害して、自分の安楽を求めるならば、(その人は)死後に安楽を得ない。生きとし生けるものは安楽を喜ぶ。もし人が刀や杖で(他の者を)害さずに、自分の安楽を求めるならば、(その人は)死後に安楽を得るであろう。
解説
第十章「刀杖の部」は、暴力を戒める章である。章の冒頭は「すべての者は刀杖に怯える」と説き、己に引き比べて殺すなと述べていた。ここに置かれた二偈はその続きで、今度は恐れではなく楽しみの側から同じことを言う。群生、すなわち生きとし生けるものは、みな安楽を喜ぶ。自分が楽を求めるのと同じように、他の者も楽を求めている。そのことを忘れて他を害し、自分の楽を得ようとする者は、死後に楽を得ない。二偈は一語違いの対になっていて、「害ひ」と「害はずして」だけが結果を分ける。自分の楽を求めること自体は否定されていない。問われているのは、その手段が他者の楽を踏みにじっていないかである。自分の成果を追うことと他者の安楽を損なわないことを両立させられるか、この問いは競争の中で働く人に避けて通れない。
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