法句経 / 第十 刀杖の部 一二九・一三〇
一二九 一切の者刀杖を畏る、一切の者死を懼る、己を比況して、殺す勿れ、殺さしむる勿れ。 一三〇 一切の者刀杖を畏る、生は一切の者の愛する所、己を比況し、殺す勿れ、殺さしむる勿れ。
書き下し
一二九 一切の者刀杖を畏る、一切の者死を懼る、己を比況して、殺す勿れ、殺さしむる勿れ。 一三〇 一切の者刀杖を畏る、生は一切の者の愛する所、己を比況し、殺す勿れ、殺さしむる勿れ。
現代語訳
すべての者は刀杖を畏れる。すべての者は死を懼れる。自分に引き比べて、殺すな、殺させるな。すべての者は刀杖を畏れる。生はすべての者の愛するところである。自分に引き比べて、殺すな、殺させるな。
解説
不殺生の根拠を、戒律としてではなく共感から立てる。「己を比況して」——自分に引き比べて。自分が刀を畏れるなら、相手も畏れている。自分が生を愛するなら、相手も愛している。それだけで結論が出る。教義も権威も持ち出さない。同じ形の偈が二度繰り返され、一度目は「死を懼る」、二度目は「生は一切の者の愛する所」と、恐れの側と愛の側から同じことを言う。もう一つ見ておきたいのは「殺す勿れ、殺さしむる勿れ」と、させることまで禁じている点だ。自分の手を汚さない形で同じ結果を生む道を、あらかじめ塞いでいる。指示を出す立場にある人にとっては、こちらのほうが重い。
この章句が説くこと
己を比況す刀杖を畏る殺さしむる勿れ共感
関連する章句
-
論語・述而篇子、喪有る者の側に食するに、未だ嘗て飽かざるなり。子、是の日に於いて哭すれば、則ち歌わず。
-
孟子・梁惠王章句下莊暴、孟子に見えて、曰く、「暴、王に見ゆ。王、暴に語ぐるに樂を好むを以てす。暴未だ以て對うる有らざるなり。」曰く、「樂を好むこと何如。」孟子曰く、「王の樂を好むこと甚しければ、則ち齊國は其れ庶幾からんか。」他日、王に見えて曰く、「王嘗て莊子に語ぐるに樂を好むを以てすと。諸れ有るか。」王色を變じて曰く、「寡人能く先王の樂を好むに非ざるなり。直だ世俗の樂を好むのみ。」曰く、「王の樂を好むこと甚しければ、則ち齊は其れ庶幾からんか。今の樂は猶ほ古の樂のごときなり。」曰く、「聞くことを得可きか。」曰く、「獨り樂を樂しむと、人と樂を樂しむと、孰れか樂しき。」曰く、「人と與にするに若かず。」曰く、「少と與に樂を樂しむと、衆と與に樂を樂しむと、孰れか樂しき。」曰く、「衆と與にするに若かず。」「臣請う、王の為に樂しみを言わん。今、王、此に鼓樂せんに、百姓、王の鐘鼓の聲・管籥(カン・ヤク)の音を聞き、舉(みな)首を疾ましめ頞(アツ)を蹙(しかめる)めて、相告げて曰く、『吾が王の鼓樂を好む、夫れ何ぞ我をして此の極に至らしむるや。父子相見ず、兄弟妻子離散す。』今、王此に田獵せんに、百姓、王の車馬の音を聞き、羽旄(ウ・ボウ)の美を見て、舉首を疾ましめ頞を蹙めて相告げて曰く、『吾が王の田獵を好む、夫れ何ぞ我をして此の極に至らしむるや。父子相見ず、兄弟妻子離散す。』此れ他無し、民と樂を同じくせざればなり。今、王此に鼓樂せんに、百姓、王の鐘鼓の聲、管籥の音を聞き、舉欣欣然として喜色有りて、相告げて曰く、『吾が王、疾病無きに庶幾からんか。何を以て能く鼓樂せんや。』今、王此に田獵せんに、百姓、王の車馬の音を聞き、羽旄の美を見て、舉欣欣然として喜色有りて、相告げて曰く、『吾が王、疾病無きに庶幾からんか。何を以て能く田獵せんや。』此れ他無し、民と樂を同じうすればなり。今、王、百姓と樂同じうすれば、則ち王たらん。」
-
孟子・滕文公章句下萬章問いて曰く、「宋は小國なり。今將に王の政を行わんとす。齊楚惡みて之を伐たば、則ち之を如何せん。」孟子曰く、「湯、亳に居り,葛と鄰を為す。葛伯放にして祀らず。湯、人をして之を問わしめて曰く、『何為れぞ祀らざる。』曰く、『以て犧牲に供する無きなり。』湯、之に牛羊を遺らしむ。葛伯之を食い、又以て祀らず。湯又人をして之を問わしめて曰く、『何為れぞ祀らざる。』曰く、『以て粢盛に供する無きなり。』湯、亳の衆をして往きて之が為に耕やさしめ、老弱、食を饋る。葛伯、其の民を率い、其の酒食黍稻有る者を要して之を奪い、授けざる者は之を殺す。童子有り、黍肉を以て餉る。殺して之を奪う。書に曰く、『葛伯餉に仇す。』此を之れ謂うなり。其の是の童子を殺すが為にして之を征す。四海の內皆曰く、『天下を富めりとするに非ざるなり。匹夫匹婦の為に讎を復するなり。』湯始めて征する、葛自り載(はじめる)む。十一たび征して天下に敵無し。東面して征すれば、西夷怨み、南面して征すれば、北狄怨む。曰く、『奚為れぞ我を後にする。』民の之を望むこと、大旱の雨を望むが若きなり。市に歸く者は止まらず、芸る者變ぜず。其の君を誅し、其の民を弔う。時雨の降るが如く、民大いに悅ぶ。書に曰く、『我が后を徯つ、后來らば其れ罰無からん。』『臣たるを惟わざる攸有り、東征して、厥の士女を綏んず。厥の玄黃を匪にし、我が周王を紹して休を見、惟れ大邑周に臣附す。』其の君子は玄黃を匪に實てて以て其の君子を迎え、其の小人は簞食壺漿して、以て其の小人を迎う。民を水火の中より救い、其の殘を取るのみ。太誓に曰く、『我が武惟れ揚り、之が疆を侵す。則ち殘を取り、殺伐用て張る。湯に于て光有り。』王政を行わずして爾云う。苟くも王政を行わば、四海の內皆首を舉げて之を望み、以て君と為さんことを欲せん。齊・楚大なりと雖も、何ぞ畏れん。」
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「其の為さざる所を為すこと無く、其の欲せざる所を欲すること無し。此の如きのみ。」
-
呂氏春秋・誣徒③善く教うる者は則ち然らず。徒を視ること己の如く、己に反して以て教うれば、則ち教えの情を得るなり。人に加うる所、必ず己に行う可し。此くの若くなれば則ち師徒體を同じくす。人の情は、己に同じき者を愛し、己に同じき者を譽め、己に同じき者を助く。學業の章明なるや、道術の大行なるや、此れ從り生ず。
-
尚書・無逸君子は其の逸すること無きを所とす。先ず稼穡の艱難を知りて、乃ち逸すれば、則ち小人の依る所を知る。