方丈記 / 『方丈記』心に問い舌で念仏
しづかなる曉、このことわりを思ひつゞけて、みづから心に問ひていはく、世をのがれて山林にまじはるは、心ををさめて道を行はむがためなり。然るを汝が姿はひじりに似て、心はにごりにしめり。すみかは則ち淨名居士のあとをけがせりといへども、たもつ所はわづかに周梨槃特が行にだも及ばず。もしこれ貧賤の報のみづからなやますか、はた亦妄心のいたりてくるはせるか、その時こゝろ更に答ふることなし。たゝかたはらに舌根をやとひて不請の念佛、兩三返を申してやみぬ。時に建暦の二とせ、彌生の晦日比、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。
新字:しづかなる暁、このことわりを思ひつゞけて、みづから心に問ひていはく、世をのがれて山林にまじはるは、心ををさめて道を行はむがためなり。然るを汝が姿はひじりに似て、心はにごりにしめり。すみかは則ち浄名居士のあとをけがせりといへども、たもつ所はわづかに周梨槃特が行にだも及ばず。もしこれ貧賤の報のみづからなやますか、はた亦妄心のいたりてくるはせるか、その時こゝろ更に答ふることなし。たゝかたはらに舌根をやとひて不請の念仏、両三返を申してやみぬ。時に建暦の二とせ、弥生の晦日比、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。
書き下し
しづかなる曉、このことわりを思ひつゞけて、みづから心に問ひていはく、世をのがれて山林にまじはるは、心ををさめて道を行はむがためなり。然るを汝が姿はひじりに似て、心はにごりにしめり。すみかは則ち淨名居士のあとをけがせりといへども、たもつ所はわづかに周梨槃特が行にだも及ばず。もしこれ貧賤の報のみづからなやますか、はた亦妄心のいたりてくるはせるか、その時こゝろ更に答ふることなし。たゝかたはらに舌根をやとひて不請の念佛、兩三返を申してやみぬ。時に建暦の二とせ、彌生の晦日比、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。
現代語訳
静かな暁、この道理を思い続けて、自ら心に問うて言いました。世を逃れて山林に交わるのは、心を修めて道を行うためである。それなのにお前の姿は聖に似て、心は濁りに染まっている。住まいは浄名居士の跡を汚したけれども、保っているところは周梨槃特の行いにさえわずかにも及ばない。もしこれが貧賤の報いが自らを悩ますのか、あるいはまた迷いの心が極まって狂わせたのか。その時、心はもはや答えることがありません。ただそばに舌を雇って、請われもしない念仏を二三遍申して終わりました。時に建暦二年、三月の晦日ごろ、桑門の蓮胤が、外山の庵でこれを記す。
解説

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