方丈記 / 『方丈記』衣食の簡素と満足
衣食のたぐひまたおなじ。藤のころも、麻のふすま、得るに隨ひてはだへをかくし。野邊のつばな、嶺の木の實、わづかに命をつぐばかりなり。人にまじらはざれば、姿を耻づる悔もなし。かてともしければおろそかなれども、なほ味をあまくす。すべてかやうのこと、樂しく富める人に對していふにはあらず、たゞわが身一つにとりて、昔と今とをたくらぶるばかりなり。大かた世をのがれ、身を捨てしより、うらみもなくおそれもなし。命は天運にまかせて、をしまずいとはず、身をば浮雲になずらへて、たのまずまだしとせず。一期のたのしみは、うたゝねの枕の上にきはまり、生涯の望は、をりをりの美景にのこれり。
新字:衣食のたぐひまたおなじ。藤のころも、麻のふすま、得るに随ひてはだへをかくし。野辺のつばな、嶺の木の実、わづかに命をつぐばかりなり。人にまじらはざれば、姿を耻づる悔もなし。かてともしければおろそかなれども、なほ味をあまくす。すべてかやうのこと、楽しく富める人に対していふにはあらず、たゞわが身一つにとりて、昔と今とをたくらぶるばかりなり。大かた世をのがれ、身を捨てしより、うらみもなくおそれもなし。命は天運にまかせて、をしまずいとはず、身をば浮雲になずらへて、たのまずまだしとせず。一期のたのしみは、うたゝねの枕の上にきはまり、生涯の望は、をりをりの美景にのこれり。
書き下し
衣食のたぐひまたおなじ。藤のころも、麻のふすま、得るに隨ひてはだへをかくし。野邊のつばな、嶺の木の實、わづかに命をつぐばかりなり。人にまじらはざれば、姿を耻づる悔もなし。かてともしければおろそかなれども、なほ味をあまくす。すべてかやうのこと、樂しく富める人に對していふにはあらず、たゞわが身一つにとりて、昔と今とをたくらぶるばかりなり。大かた世をのがれ、身を捨てしより、うらみもなくおそれもなし。命は天運にまかせて、をしまずいとはず、身をば浮雲になずらへて、たのまずまだしとせず。一期のたのしみは、うたゝねの枕の上にきはまり、生涯の望は、をりをりの美景にのこれり。
現代語訳
衣食の類もまた同じです。藤の衣、麻の夜具を、手に入るに従って肌を隠し、野辺の茅花、峰の木の実で、わずかに命をつなぐだけです。人に交わらないので、姿を恥じる悔いもありません。食料が乏しいので粗末ですが、それでも味を甘く感じます。すべてこのようなことは、楽しく富める人に向かって言うのではなく、ただ私一人にとって、昔と今とを比べるだけです。おおよそ世を逃れ、身を捨てて以来、恨みもなく恐れもありません。命は天運にまかせて、惜しまず厭わず、身は浮雲になぞらえて、頼みもせず、まだ早いともしません。一生の楽しみは、うたた寝の枕の上に極まり、生涯の望みは、折々の美しい景色に残っています。
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