秘本玉くしげ / 上 便利が出費を生む
然るに今の世は、人ごとに我おとらじとよきものをのぞみ、自由なるうへにも自由よからんとするから、商人職人年年月月に、便利よく自由なる事、めづらしきものなどを考へ出し作り出して、これを賣ひろむるゆゑに、年年月月によきもの自由なるもの出來て、世上の人の物入は漸漸に多くなること也。すべて何事も、今までなければなくて足りぬる事も、あるを見ては無が不自由に覺え、又今までは麁相なる物にてことたれるも、それより美物出れば麁相なるは甚わろく思はるる故に、次第次第に事も物も數數おほくなり、華麗になりゆくこと也。かくて事も物も、一つにても多くなり華美になれば、それだけ世話も多く、物入は勿論おほき也。これみな世中の奢りの長ずるにて、畢竟は困窮の基となることぞ。さて又、世間の困窮に付ては、富る者はいよいよますます富を重ねて、大かた世上の金銀財寶は、うごきゆるぎに富商の手にあつまること也。
新字:然るに今の世は、人ごとに我おとらじとよきものをのぞみ、自由なるうへにも自由よからんとするから、商人職人年年月月に、便利よく自由なる事、めづらしきものなどを考へ出し作り出して、これを売ひろむるゆゑに、年年月月によきもの自由なるもの出来て、世上の人の物入は漸漸に多くなること也。すべて何事も、今までなければなくて足りぬる事も、あるを見ては無が不自由に覚え、又今までは麁相なる物にてことたれるも、それより美物出れば麁相なるは甚わろく思はるる故に、次第次第に事も物も数数おほくなり、華麗になりゆくこと也。かくて事も物も、一つにても多くなり華美になれば、それだけ世話も多く、物入は勿論おほき也。これみな世中の奢りの長ずるにて、畢竟は困窮の基となることぞ。さて又、世間の困窮に付ては、富る者はいよいよますます富を重ねて、大かた世上の金銀財宝は、うごきゆるぎに富商の手にあつまること也。
書き下し
然るに今の世は、人ごとに我おとらじとよきものをのぞみ、自由なるうへにも自由よからんとするから、商人職人年年月月に、便利よく自由なる事、めづらしきものなどを考へ出し作り出して、これを売ひろむるゆゑに、年年月月によきもの自由なるもの出来て、世上の人の物入は漸漸に多くなること也。すべて何事も、今までなければなくて足りぬる事も、あるを見ては無が不自由に覚え、又今までは麁相なる物にてことたれるも、それより美物出れば麁相なるは甚わろく思はるる故に、次第次第に事も物も数数おほくなり、華麗になりゆくこと也。かくて事も物も、一つにても多くなり華美になれば、それだけ世話も多く、物入は勿論おほき也。これみな世中の奢りの長ずるにて、畢竟は困窮の基となることぞ。さて又、世間の困窮に付ては、富る者はいよいよますます富を重ねて、大かた世上の金銀財宝は、うごきゆるぎに富商の手にあつまること也。
現代語訳
それなのに今の世は、人ごとに我も劣るまいと良い物を望み、便利なうえにもさらに便利であろうとするので、商人や職人は年ごと月ごとに、便利で使い勝手のよい事や珍しい物などを考え出し作り出して、これを売り広めるから、年ごと月ごとに良い物・便利な物ができて、世の人の出費はしだいに多くなるのである。すべて何事も、今まで無くても無いままで足りていた事も、あるのを見ては無いのが不便に覚え、また今までは粗末な物で用が足りていたのも、それより美しい物が出れば粗末なのはひどく悪く思われるので、しだいしだいに事も物も数多くなり、華麗になってゆくのである。こうして事も物も、一つでも多くなり華美になれば、それだけ手間も多く、出費はもちろん多いのである。これはみな世の中の奢りが募るのであって、結局は困窮のもととなるのだ。さてまた、世間の困窮につれて、富んだ者はいよいよますます富を重ねて、おおかた世の金銀財宝は、あれこれしながら富商の手に集まるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』上 質素は続かずその中に、たまたま世上奢の長じぬる事に心づきて、物事質素を心がくるものもあれ共、世間並をはづれては、却て変なるやうに云なされ、人にわろく思はるるによりて、せんかたなくおのづから世間にしたがふ事多き故に、これもおごりをまぬかるる事能はず。又時時倹約倹約といひたてて省略する事共もあれ共、或は省略すまじき事をまづ省略し、或は止めてもさのみ為にもならぬ事を止などして、惣体の奢は相替らず。又しばらく倹約を加へても、世間みな然るにあらざれば、世間につれて又いつのほどにかゆるみて、本のごとくになりなどして、すべて質素にかへる事はつゆほどもなくて、年年月月に世上華美にのみなりゆくほどに、貧しき者も世上につれて、おのづから物入多く困窮する者のみ多き也。さて世間のおごりにつきては、商事もおほく、世のにぎはひにもなりて、金銀融通すれば、さのみ困窮はすまじきやうなるものなれ共、左様にはあらず。
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『秘本玉くしげ』下 金銀便利の弊又世上の金銀おほくして便利なれば、人人買まじき無益の物をも買ひ、為まじき無益の事をも為などする故に、おのづから奢を長ずる。これらみな世の困窮の端となること也。なほ又、上下の人ことごとく金銀にのみ目をかくるゆゑに、今の世は武士も百姓も出家も、みな鄙劣なる商人心になりて、世上の風儀も軽薄になる事ぞかし。かくのごとく、世上通用の金銀甚多くして自由便利なるにつきては、其失も甚多けれども、年久しく馴来りたる事なれば、此ならひは俄には改めがたし。不便利なる事すら、久しく馴たるを俄に改めては人の帰服しにくきものなるに、ましてこれは甚便利なる事なるを、今更通用の金銀を減少などしては、当分大にさしつかゆる事など多くして、却て大に失あるべし。且又、金銀通用の筋などは天下のうへの事なれば、いかほど害ある事有とても、一国ぎり私にはいかにともすべきやうなし。
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『秘本玉くしげ』上 身分の奢り身分を重重敷するは、奢りとは別の事の様なれ共、是即大なる奢り也。其中に平人の奢りは、其身一分ぎりの事のみにては害の他に及ぶ事はなきを、上たる人の奢りは、其害領内に及ぶ事也。惣体治平の代久しく続く時は、いつとなく世上物事華美に成て、漸漸に人の身持も重重敷なる事なるを、時時に是を押へずして捨置時は、年年月月に長し行て際限なく、次第次第に世上困窮に及びて、竟に如何敷事の起る也。
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『秘本玉くしげ』下 金銀の忙しさ其本を尋ぬれば、実には世上通用の金銀甚多くして自由に手まはるから起りて、何事にもこれを用ふるやうになり、次第にはたらきいそがはしくなれるによりて、其多きよりもなほいそがはしき方が勝ゆゑに、得がたくてすくなきやうに思はるる也。さて金銀通用始まりていまだ久しからざりしほどは、多ければますます便利のよろしきのみにて、さのみ其弊はなかりしが、漸漸年代久しくなるにつきては、その弊も多くなれる也。右に申せる如く、世上何事にも是を用ひて取引する事多きままに、其取引の間にて過分の利を得る事多く、或は商人ながら物の交易をもせず、ただ金銀のうへのみを以て世を渡る者もおびただしく、富人は別してこれによりてますます富を重ぬること甚し。
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『秘本玉くしげ』上 奢りは法で止まらず然れば、これをよきほどにせんと思ふときは、万事を大にそぎすてて、狂人かと人に笑はるるほどに落さざれば、おのおの身分相応の所へは当りがたし。然れども、さほどまでにはとてもおとしがたきものにて、たとひ自分一人は人にかまはず右の如くにおとしても、家内までにも行とどきがたく、又上よりいかほど厳しく命令を下しても、これを制せられても、時世の勢は中中防ぎがたく、人力の及びがたきところあるもの也。たとひしばらくは命令に恐れてこれを慎しむやうにても、末とげがたく、又うはべは命令を守るやうにても、内内にては皆これを破る。衣服の制などみな然也。又一国ぎりこれを制しても、天下一同ならざれば、その制立がたき事も多し。又惣体表向へは出ざる家内のこまかなる事の奢の甚しきを、一つ一つ吟味をとげてこれを禁ずべき由なければ、とにかくに此世上一同の華美おごりは、いかやうにしても俄には停めがたく、年年月月に長じゆくばかり也。
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『秘本玉くしげ』上 富は富商に集まる富める者、商の筋の諸事工面よき事は申すに及ばず、金銀ゆたかなるによりて、何事につけても手行よろしくて利を得る事のみなるゆゑに、いやとも金銀は次第にふゆる事なるを、貧しき者は何事もみなそのうらなれば、いよいよ貧しくなる道理也。さて世上困窮して不勝手なる商人多ければ、その不勝手なる方は何事も手行あしきから、売者も買者も多く手行のよき方へつく故に、富商はいよいよ工面よき也。又世上困窮に付ては、金銀を借者多き故に、ゆたかなる者はこれを貸て利を得る事多きに、貧しき者は借りて利を出して、いよいよ苦しむ也。尤借りて返さざる者も多けれ共、それに付ては貸者は又はいろいろと勘弁して、慥なるやうを考へてかしこく立まはる故に、損をする方はまづ少なし。惣じて今の世は、大抵利を得る事は難くして損はしやすき時節なるゆゑに、富商は随分金銀をへらさぬ分別を第一として、慥なるかたにつく故に、まづは減ずる事はすくなくて、とにかくにふゆる方おほき也。
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