碧巌録 / 第八十九則
雲巖與道吾同參藥山。四十年脇不著席。藥山出曹洞一宗。有三人法道盛行。雲巖下洞山。道吾下石霜船子下夾山。大悲菩薩有八萬四千母陀羅臂。大悲有許多手眼。諸人還有也無。百丈云。一切語言文字。俱皆宛轉歸于自己。雲巖常隨道吾咨參決擇。一日問他道。大悲菩薩用許多手眼作什麼。當初好與他劈脊便棒。免見後有許多葛藤。道吾慈悲不能如此。却與他說道理。意要教他便會。却道如人夜半背手摸枕子。當深夜無燈光時。將手摸枕子。且道眼在什麼處。他便道我會也。吾云汝作麼生會。巖云遍身是手眼。吾云。道即太殺道。只道得八成。巖云。師兄又作麼生。吾云。通身是手眼。
新字:雲巖与道吾同参薬山。四十年脇不著席。薬山出曹洞一宗。有三人法道盛行。雲巖下洞山。道吾下石霜船子下夾山。大悲菩薩有八万四千母陀羅臂。大悲有許多手眼。諸人還有也無。百丈云。一切語言文字。倶皆宛転帰于自己。雲巖常随道吾咨参決択。一日問他道。大悲菩薩用許多手眼作什麼。当初好与他劈脊便棒。免見後有許多葛藤。道吾慈悲不能如此。却与他説道理。意要教他便会。却道如人夜半背手摸枕子。当深夜無灯光時。将手摸枕子。且道眼在什麼処。他便道我会也。吾云汝作麼生会。巖云遍身是手眼。吾云。道即太殺道。只道得八成。巖云。師兄又作麼生。吾云。通身是手眼。
書き下し
雲巌と道吾と同じく薬山に参ず。四十年、脇席に著かず。薬山、曹洞の一宗を出す。三人有りて法道盛んに行はる。雲巌の下に洞山、道吾の下に石霜、船子の下に夾山なり。大悲菩薩に八万四千の母陀羅臂有り。大悲は許多の手眼有り、諸人還た有りや也た無しや。百丈云く、「一切の語言文字、俱に皆な宛転して自己に帰す」と。雲巌常に道吾に随つて咨参決択す。一日他に問うて道ふ、「大悲菩薩、許多の手眼を用ゐて什麼をか作す」。当初好し他が与に脊を劈いて便ち棒すべし、後に許多の葛藤有るを見ることを免れん。道吾慈悲にして此の如くなること能はず、却つて他が与に道理を説き、意は他をして便ち会せしめんと要す。却つて道ふ、「人の夜半に手を背にして枕子を摸るが如し」と。深夜灯光無き時に当たつて、手を将て枕子を摸る。且く道へ、眼什麼の処にか在る。他便ち道ふ、「我れ会せり」。吾云く、「汝作麼生か会す」。巌云く、「遍身是れ手眼」。吾云く、「道ふことは即ち太殺だ道へども、只だ八成を道ひ得たり」。巌云く、「師兄又た作麼生」。吾云く、「通身是れ手眼」。
現代語訳
雲巌と道吾はともに薬山に参じ、四十年のあいだ脇を寝床につけることがなかった。薬山の門から曹洞の一宗が出た。三人の弟子がいて、その法の道が盛んに行われた。雲巌の下に洞山、道吾の下に石霜、船子の下に夾山である。大悲菩薩には八万四千の母陀羅臂(印を結ぶ腕)がある。大悲にはそれほど多くの手と眼がある。君たちにはあるか、ないか。百丈は「あらゆる言葉や文字は、みなめぐりめぐって自己に帰する」と言った。雲巌はいつも道吾について問い参じ、見極めを求めていた。ある日、道吾に「大悲菩薩はあれほど多くの手と眼を使って何をするのですか」と問うた。はじめにいきなり背中を打ちすえてやればよかった。そうすれば後にこれほどの言葉のつるを見ずに済んだ。道吾は慈悲深くてそうはできず、かえって道理を説いてやり、すぐに分からせようとした。そして「人が真夜中に手を後ろに回して枕を探るようなものだ」と言った。深夜、灯りもない時に手で枕を探る。さあ言ってみよ、眼はどこにあるのか。雲巌はすぐ「分かりました」と言った。道吾は「どう分かったのか」と言った。雲巌は「体じゅうが手と眼です」と言った。道吾は「言うことはずいぶん言ったが、八割がた言えただけだ」と言った。雲巌は「では兄弟子はどうですか」と言った。道吾は「体まるごとが手と眼だ」と言った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第八十九則挙す。雲巌、道吾に問ふ、「大悲菩薩、許多の手眼を用ゐて什麼をか作す」。吾云く、「人の夜半に手を背にして枕子を摸るが如し」。巌云く、「我れ会せり」。吾云く、「汝作麼生か会す」。巌云く、「遍身是れ手眼」。吾云く、「道ふことは即ち太殺だ道へども、只だ八成を道ひ得たり」。巌云く、「師兄作麼生」。吾云く、「通身是れ手眼」。
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『碧巌録』第七十二則雲巌、百丈に在つて、二十年侍者と作る。後に道吾と同じく薬山に至る。山問うて云く、「子、百丈の会下に在つて、箇の什麼事をか為す」。巌云く、「生死を透脱す」。山云く、「還た透脱すや」。巌云く、「渠に生死無し」。山云く、「二十年百丈に在つて、習気も也た未だ除かず」。巌、辞し去つて南泉に見え、後に復た薬山に帰つて、方に契悟す。看よ他の古人、二十年参究して、猶自お半青半黄、皮に粘り骨に著いて、頴脱すること能はず。是なることは則ち也た是なり、只だ是れ前は村に搆らず、後は店に迭ばず。道ふことを見ずや、「語、窠臼を離れずんば、焉んぞ能く蓋纏を出でん。白雲、谷口に横たはり、幾人の源をか迷却す」と。洞下には之を触破と謂ふ。故に云く、「躍り開く仙仗鳳凰楼、時人は当今の号に触るることを嫌ふ」と。所以に道ふ、「荊棘林、須らく是れ透過して始めて得べし。若し透過せずんば、終始廉繊に渉つて、斬れども断たず」と。適来道ふ、「前は村に搆らず、後は店に迭ばず」と。雲巌は只管に去つて他人底を点検す。百丈、他の此の如くなるを見て、一時に把り来たつて打殺し了れり。雪竇頌して云く、
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『碧巌録』第八十九則垂示に云く、通身是れ眼なるも見ること到らず、通身是れ耳なるも聞くこと及ばず、通身是れ口なるも説くこと著かず、通身是れ心なるも鑒みること出でず。通身は即ち且く止む。忽若し眼無くんば作麼生か見ん、耳無くんば作麼生か聞かん、口無くんば作麼生か説かん、心無くんば作麼生か鑒みん。若し箇裏に向つて一線の道を撥転し得ば、便ち古仏と同参せん。参は則ち且く止む。且く道へ、箇の什麼人にか参ずる。
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『碧巌録』第八十九則且く道へ、遍身是なる底が是か、通身是なる底が是か。爛泥に似たりと雖も却つて脱灑なり。如今の人、多く去いて情解を作して道ふ、「遍身底は是ならず、通身底は是なり」と。只管に他の古人の言句を咬み、古人の言下に於て死し了る。殊に知らず、古人の意は言句上に在らず、此れ皆な是れ事已むことを獲ずして之を用ゐることを。如今注脚を下し、格を立てて則ち道ふ、「若し此の公案を透得せば、便ち罷参の会を作す」と。手を以て渾身を摸り、灯籠露柱を摸りて、尽く通身の話の会を作す。若し恁麼に会せば、他の古人を壊ること少なからず。所以に道ふ、他は活句に参じて死句に参ぜずと。須らく是れ情塵意想を絶し、浄裸裸、赤灑灑地にして、方に大悲の話を見得す可し。見ずや、曹山、僧に問ふ、「物に応じて形を現ずること水中の月の如き時如何」。僧云く、「驢の井を覰るが如し」。山云く、「道ふことは即ち殺だ道へども、只だ八成を道ひ得たり」。僧云く、「和尚又た作麼生」。山云く、「井の驢を覷るが如し」。便ち此の意に同じ。爾若し語上に去いて見ば、総に道吾・雲巌の圏繢を出で得ず。雪竇は作家、更に句下に向つて死せず、直に頭上に向つて行く。頌に云く、
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『碧巌録』第八十九則遍身是、通身是、拈じ来れば猶ほ較たること十万里。翅を展べて鵬は騰る六合の雲、風を搏ち鼓蕩す四溟の水。是れ何の埃壒か忽ち生ずる、那箇の毫釐か未だ止まざる。君見ずや、網珠垂範して影重重、棒頭の手眼何れより起こる。咄。〔壒〕遍身是、通身是。若し手を背にして枕子を摸る底を便ち是なりと道ひ、手を以て身を摸る底を便ち是なりと道はば、若し恁麼の見解を作さば、尽く鬼窟裏に向つて活計を作す。畢竟遍身も通身も都て是ならず。若し情識を以て去いて他の大悲の話を見んと要せば、直に是れ猶ほ較たること十万里。雪竇一句の活道を弄し得て、拈じ来れば猶ほ較たること十万里と。後の句は雲巌・道吾の奇特の処を頌して云く、「翅を展べて鵬は騰る六合の雲、風を搏ち鼓蕩す四溟の水」と。大鵬は龍を呑むに、翼を以て風を搏ち浪を鼓し、其の水開くこと三千里、遂に龍を取つて之を呑む。雪竇道ふ、爾若し大鵬の能く風を搏ち浪を鼓するが如きは、也た太殺だ雄壮なり。若し大悲の千手眼を以て之を観れば、只だ是れ些子の塵埃の忽ち生ずるに相似たり。又た一毫釐の風吹いて未だ止まざるに似て相似たり。雪竇道ふ、爾若し手を以て身を摸りて用ゐて手眼と作さば、何の用にか作すに堪へん。是に於て大悲の話上に、直に是れ未在なり。所以に道ふ、「是れ何の埃壒か忽ち生ずる、那箇の毫釐か未だ止まざる」と。雪竇自ら作家と謂ひ、一時に迹を払ひ了る。争奈せん、後面依旧として漏逗し、箇の諭子を説いて、依前として只だ圏繢裏に在ることを。
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『碧巌録』第八十九則雪竇は帝網珠を以て、事事無礙法界を垂示す。然も六相の義甚だ明白なり。即総即別、即同即異、即成即壊、一相を挙ぐれば則ち六相俱に該ぬ。但だ衆生日に用ゐて知らざるが為なり。雪竇、帝網明珠を拈じて範を垂れ、此の大悲の話に況ふ。直に是れ此の如し。爾若し善く能く此の珠網の中に向つて拄杖子を明らめ得て、神通妙用、出入無礙ならば、方に手眼を見得す可し。所以に雪竇云く、「棒頭の手眼何れより起こる」と。爾をして棒頭に証を取り、喝下に承当せしむ。只だ徳山の入門便棒の如き、且く道へ、手眼什麼の処にか在る。臨済の入門便喝、且く道へ、手眼什麼の処にか在る。且く道へ、雪竇末後に什麼と為てか更に箇の咄の字を著くる。参ぜよ。
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