碧巌録 / 第七十一則
溈山把定封疆。五峯截斷眾流。這些子。要是箇漢當面提掇。如馬前相撲。不容擬議。直下便用緊迅危峭。不似溈山盤礴滔滔地。如今禪和子。只向架下行。不能出他一頭地。所以道。欲得親切。莫將問來問。五峯答處。當頭坐斷。不妨快俊。百丈云。無人處斫額望汝。且道是肯他。是不肯他。是殺是活。見他阿轆轆地。只與他一點。雪竇頌云。
新字:溈山把定封疆。五峯截断衆流。這些子。要是箇漢当面提掇。如馬前相撲。不容擬議。直下便用緊迅危峭。不似溈山盤礴滔滔地。如今禅和子。只向架下行。不能出他一頭地。所以道。欲得親切。莫将問来問。五峯答処。当頭坐断。不妨快俊。百丈云。無人処斫額望汝。且道是肯他。是不肯他。是殺是活。見他阿轆轆地。只与他一点。雪竇頌云。
書き下し
溈山は封疆を把定し、五峰は衆流を截断す。這些子、要ず是れ箇の漢、当面に提掇すべし。馬前の相撲の如く、擬議を容れず、直下に便ち用ふ。緊迅危峭にして、溈山の盤礴滔滔地に似ず。如今の禅和子、只だ架下に向かつて行き、他に一頭地を出づること能はず。所以に道ふ、「親切を得んと欲せば、問を将ち来たつて問ふこと莫れ」と。五峰の答ふる処、当頭に坐断して、妨げず快俊なることを。百丈云く、「無人の処に斫額して汝を望まん」と。且く道へ、是れ他を肯ふか、是れ他を肯はざるか。是れ殺か、是れ活か。他の阿轆轆地なるを見て、只だ他に一点を与ふ。雪竇頌して云く、
現代語訳
溈山は自分の領分をしっかり押さえて守り、五峰はあらゆる流れを断ち切った。この肝心なところは、しっかりした男が面と向かって取り上げねばならない。馬の前での相撲のように、ためらう余地を許さず、即座に働かせるのである。五峰の答えは鋭く速く険しく、溈山のゆったりと滔々たる趣とは違う。今の禅僧たちは、ただ人の作った棚の下を歩くばかりで、他人より一歩抜きん出ることができない。だから「ぴたりと掴みたいなら、問いを持ち出して問うな」と言うのだ。五峰の答えは真っ向から断ち切っており、実に爽快で鋭い。百丈は「人のいない所で額に手をかざしておまえを望もう」と言った。さて言ってみよ、これは五峰を認めたのか、認めなかったのか。殺したのか、活かしたのか。百丈は五峰がくるくると自在に転じるのを見て、ただ一点を与えたのである。雪竇は頌して言う。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第七十一則挙す。百丈、復た五峰に問ふ、「咽喉唇吻を併却して、作麼生か道はん」。峰云く、「和尚も也た須らく併却すべし」。丈云く、「無人の処に斫額して汝を望まん」。
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『碧巌録』第七十則溈山・五峰・雲巌、同じく百丈に侍立す。百丈、溈山に問ふ、「咽喉唇吻を併却して、作麼生か道はん」。山云く、「却つて請ふ和尚道へ」。丈云く、「我汝に向かつて道ふことを辞せず、恐らくは已後我が児孫を喪はん」。百丈此の如くなりと雖然も、鍋子已に別人に奪ひ去られ了れり。丈復た五峰に問ふ。峰云く、「和尚も也た須らく併却すべし」。丈云く、「無人の処に額を斫りて汝を望まん」。又雲巌に問ふ。巌云く、「和尚有りや未だしや」。丈云く、「我が児孫を喪はん」。三人各おの是れ一家なり。古人道ふ、「平地上に死人無数、荊棘林を過ぎ得る者是れ好手」と。所以に宗師家は荊棘林を以て人を験す。何が故ぞ。若し常情の句下に於いてせば、人を験し得ず。衲僧家は須らく是れ句裏に機を呈し、言中に的を辨ずべし。若し是れ担板漢ならば、多く句中に向かつて死却して、便ち道ふ、「咽喉唇吻を併却すれば、更に下口の処無し」と。若し是れ変通底の人ならば、逆水の波有り、只だ問頭上に向かつて一条の路有りて、鋒を傷つけず手を犯さず。溈山云く、「却つて請ふ和尚道へ」と。且く道へ他の意作麼生。箇裏に向かつて石火を撃つが如く閃電光に似たるが如く相似て、他の問処を拶して便ち答ふ。自ら出身の路有りて、纖毫の気力をも費やさず。所以に道ふ、「他は活句に参じて死句に参ぜず」と。百丈却つて他を采らず、只だ云く、「汝に向かつて道ふことを辞せず、恐らくは已後我が児孫を喪はん」と。大凡そ宗師の為人は、釘を抽き楔を抜く。若し是れ如今の人ならば便ち道はん、「此の答は他を肯はず、他は話を領せず」と。殊に知らず、箇裏一路の生機の処、壁立千仞、賓主互換して、活鱍鱍地なることを。雪竇は他の此の語の風措、宛転自在にして、又能く封疆を把定することを愛す。所以に頌して云く、
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『碧巌録』第七十一則「和尚も也た併却せよ、竜蛇陣上に謀略を看る。人をして長く李将軍を憶はしむ、万里の天辺に一鶚飛ぶ」。和尚も也た併却せよ。雪竇は一句の中に於て、拶一拶して云く、「竜蛇陣上に謀略を看る」と。両陣を排して突出突入し、七縦八横するが如し。闘将の手脚有り、大謀略の人有り、匹馬単鎗、竜蛇陣上に向かつて出没自在なり。爾、作麼生か他を囲繞し得ん。若し是れ這箇の人ならずんば、争でか此の如き謀略有ることを知らん。雪竇の此の三頌、皆裏頭に就いて状出する底の語、此の如し。大いに李広の神箭に似たり。万里の天辺に一鶚を飛ばしめ、一箭に一雕を落とすこと定まれり、更に放過せず。雪竇、百丈の問ふ処を頌して一鶚の如くし、五峰の答ふる処は一箭の如くなるに相似たり。山僧只管に五峰を讃歎して、覚えず渾身泥水に入り了れり。
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『碧巌録』第五十一則大凡そ宗教を扶竪せんには、須らく是れ箇の当機を弁じ、進退是非を知り、殺活擒縦を明らむべし。若し忽ち眼目迷黎麻羅ならば、到る処問に逢うては便ち問ひ、答に逢うては便ち答へ、殊に知らず、鼻孔の別人の手裏に在ることを。只だ雪峰・巌頭の如きは、同じく徳山に参ず。此の僧、雪峰に参じて、見解只だ恁麼の処に到る。巌頭に見ゆるに及んでも、亦た曽て一事を成し得ず。虚しく他の二老宿を煩はして、一問一答、一擒一縦せしむ。直に如今に至るまで、天下の人、節角誵訛を成して、分疎し下らず。且く道へ、節角誵訛、什麼の処にか在る。雪峰は諸方を遍歴すと雖も、末後、鰲山店に於て、巌頭因つて之を激し、方に勦絶大徹することを得たり。巌頭、後に沙汰に値ひ、湖辺に於て渡子と作る。両岸に各おの一板を懸く。人有り過ぎて板を敲くこと一下すれば、頭云く、「爾、那辺に過ぐるか」と。遂に蘆葦の間より棹を舞はして出づ。
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『碧巌録』第七十則挙す。溈山・五峰・雲巌、同じく百丈に侍立す。百丈、溈山に問ふ、「咽喉唇吻を併却して、作麼生か道はん」。溈山云く、「却つて請ふ和尚道へ」。丈云く、「我汝に向かつて道ふことを辞せず、恐らくは已後我が児孫を喪はん」。
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『碧巌録』第七十三則這の僧、一檐の懞懂を将て、箇の不安楽を換へ得たり。更に他の三人の尊宿を労して、泥に入り水に入らしむ。畢竟這の僧瞥地せず。一たび恁麼なりと雖然も、這の三箇の宗師、却つて箇の担板漢に勘破せらる。如今の人は只管に語言上に去つて活計を作して云く、「白は是れ明頭合、黒は是れ暗頭合」と。只管に鑽研計較して、殊に知らず、古人の一句、意根を截断することを。須らく是れ正脈裏に向かつて自ら看て、始めて穏当なることを得べし。所以に道ふ、「末後の一句、始めて牢関に到る。要津を把断して、凡聖を通ぜず」と。若し此の事を論ぜば、門に当たつて一口の剣を按ずるが如くに相似たり、擬議すれば則ち身を喪ひ命を失ふ。又た道ふ、「譬へば剣を擲つて空に揮ふが如し、及ぶと及ばざるとを論ずること莫れ」と。但だ八面玲瓏の処に向かつて会取せよ。見ずや古人道ふ、「這の漆桶」と、或いは云く「野狐精」と、或いは云く「瞎漢」と。且く道へ、一棒一喝と、是れ同か是れ別か。若し千差万別も只だ是れ一般なることを知らば、自然に八面に敵を受けん。蔵頭白く海頭黒きを会せんと要すや。五祖先師道ふ、「封后先生」と。雪竇頌して云く、
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