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碧巌録 / 第四十四則

只如僧問鏡清。新年頭還有佛法也無。清云。有。僧云。如何是新年頭佛法。清云。元正啟祚萬物咸新。僧云。謝師答話。清云。老僧今日失利。似此答話。有十八般失利。又僧問淨果大師。鶴立孤松時如何。果云。脚底下一場懡[怡-台+羅]。又問雪覆千山時如何。果云。日出後一場懡[怡-台+羅]。又問。會昌沙汰時。護法神向什麼處去。果云。三門外兩箇漢一場懡[怡-台+羅]。諸方謂之三懡[怡-台+羅]。

新字:只如僧問鏡清。新年頭還有仏法也無。清云。有。僧云。如何是新年頭仏法。清云。元正啓祚万物咸新。僧云。謝師答話。清云。老僧今日失利。似此答話。有十八般失利。又僧問浄果大師。鶴立孤松時如何。果云。脚底下一場懡[怡-台+羅]。又問雪覆千山時如何。果云。日出後一場懡[怡-台+羅]。又問。会昌沙汰時。護法神向什麼処去。果云。三門外両箇漢一場懡[怡-台+羅]。諸方謂之三懡[怡-台+羅]。

書き下し

只だ僧の鏡清に問ふが如き、「新年頭還つて仏法有りや也た無しや」。清云く、「有り」。僧云く、「如何なるか是れ新年頭の仏法」。清云く、「元正啓祚、万物咸新たなり」。僧云く、「師の答話を謝す」。清云く、「老僧今日失利す」。此くの如きに似たる答話、十八般の失利有り。又僧、浄果大師に問ふ、「鶴孤松に立つ時如何」。果云く、「脚底下一場の懡㦬」。又問ふ、「雪千山を覆ふ時如何」。果云く、「日出でて後一場の懡㦬」。又問ふ、「会昌沙汰の時、護法神什麼の処に向かつてか去る」。果云く、「三門外の両箇の漢、一場の懡㦬」。諸方之を三懡㦬と謂ふ。

現代語訳

たとえば、ある僧が鏡清に問うた。「新年の始めにも仏法はあるか」。鏡清は言った。「ある」。僧は言った。「新年の始めの仏法とは何か」。鏡清は言った。「元日に福が開け、万物がすべて新たになる」。僧は言った。「お答えに感謝します」。鏡清は言った。「老僧は今日しくじった」。このような答話には十八通りのしくじりがある。またある僧が浄果大師に問うた。「鶴が一本松に立つ時はどうか」。浄果は言った。「足元はとんだ恥さらしだ」。また問うた。「雪が千の山を覆う時はどうか」。浄果は言った。「日が出た後はとんだ恥さらしだ」。また問うた。「会昌の廃仏の時、護法の神はどこへ行っていたのか」。浄果は言った。「山門の外の二人の男(仁王)は、とんだ恥さらしだ」。諸方はこれを三懡㦬(三つの恥さらし)という。

解説

圜悟の評唱の第二段で、禾山の四打鼓に類する宗師たちの定型の応答を並べる。鏡清は新年の仏法を問われてめでたい言葉で答えたが、礼を言われると今日はしくじったと自ら打ち消した。浄果大師は孤松の鶴、千山の雪、廃仏の際の護法神という三つの問いに、いずれも一場の懡㦬、とんだ恥さらしと答えた。美しい情景も、やがて崩れる足場や溶ける雪にすぎないと見抜いた応答である。うまく答えたと満足した瞬間に失点が生じるという鏡清の自覚は、成果に慢心しがちな人への戒めとなる。

この章句が説くこと

評唱問答失敗慢心鏡清懡㦬

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