碧巌録 / 第三十三則
舉。陳操尚書看資福。福見來便畫一圓相操云。弟子恁麼來。早是不著便。何況更畫一圓相福便掩却方丈門雪竇云。陳操只具一隻眼。
新字:舉。陳操尚書看資福。福見来便画一円相操云。弟子恁麼来。早是不著便。何況更画一円相福便掩却方丈門雪竇云。陳操只具一隻眼。
書き下し
挙す。陳操尚書、資福を看る。福来るを見て便ち一円相を画く。操云く、弟子恁麼に来る、早く是れ便を著けず。何ぞ況んや更に一円相を画くをや。福便ち方丈の門を掩却す。雪竇云く、陳操は只だ一隻眼を具す。
現代語訳
取り上げる。陳操尚書が資福を訪ねた。資福は彼が来るのを見ると、すぐに一つの円相を描いた。陳操は言った、「わたしがこうしてやって来たのが、すでにまずかったのです。ましてそのうえ円相を描かれるとは」。資福はすぐに方丈の門を閉めてしまった。雪竇は言った、「陳操は片方の眼しか具えていない」。
解説
第三十三則の本則である。在家の居士として禅に通じた陳操尚書が、溈仰宗の資福如宝を訪ねた。資福は円相を描いて迎えたが、陳操は、来たこと自体がすでに余計なのに、そのうえ円相とは、と見抜いて返す。資福は黙って門を閉ざした。ところが雪竇は、陳操は片眼しか具えていないと評する。見抜く力はあっても、その後の一手が足りなかったという含みがある。相手の意図を見抜いて指摘するだけでは、半分しか仕事をしていないことがある。見抜いた後にどう応じるかまでが問われていると考えさせる則である。
この章句が説くこと
円相具眼公案見抜く陳操資福
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『碧巌録』第三十三則団団たる珠は玉を遶りて珊珊たり、馬に載せ驢に駝して鉄船に上す。分付す海山無事の客、鼇を釣る時一圏攣を下す。雪竇復た云く、天下の衲僧跳不出。
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