碧巌録 / 第一則
人傳。志公天鑒十三年化去。達磨普通元年方來。自隔七年。何故却道同時相見。此必是謬傳。據傳中所載。如今不論這事。只要知他大綱。且道達磨是觀音。志公是觀音。阿那箇是端的底觀音。既是觀音。為什麼却有兩箇。何止兩箇。成群作隊。時後魏光統律師。菩提流支三藏。與師論議。師斥相指心。而褊局之量。自不堪任。競起害心。數加毒藥。至第六度。化緣已畢。傳法得人。遂不復救。端居而逝。葬於熊耳山定林寺。後魏宋雲奉使。於葱嶺遇師手携隻履而往。武帝追憶。自撰碑文云。嗟夫。見之不見。逢之不逢。遇之不遇。今之古之。怨之恨之。復讚云。心有也。曠劫而滯凡夫。心無也。剎那而登妙覺。且道。達磨即今在什麼處。蹉過也不知。
新字:人伝。志公天鑒十三年化去。達磨普通元年方来。自隔七年。何故却道同時相見。此必是謬伝。拠伝中所載。如今不論這事。只要知他大綱。且道達磨是観音。志公是観音。阿那箇是端的底観音。既是観音。為什麼却有両箇。何止両箇。成群作隊。時後魏光統律師。菩提流支三蔵。与師論議。師斥相指心。而褊局之量。自不堪任。競起害心。数加毒薬。至第六度。化縁已畢。伝法得人。遂不復救。端居而逝。葬於熊耳山定林寺。後魏宋雲奉使。於葱嶺遇師手携隻履而往。武帝追憶。自撰碑文云。嗟夫。見之不見。逢之不逢。遇之不遇。今之古之。怨之恨之。復讃云。心有也。曠劫而滞凡夫。心無也。刹那而登妙覚。且道。達磨即今在什麼処。蹉過也不知。
書き下し
人伝ふ、志公は天監十三年に化し去り、達磨は普通元年に方に来る。自ら七年を隔つ、何が故にか却つて同時に相見ゆと道ふ。此れ必ず是れ謬伝ならん。伝中の載する所に拠る。如今は這の事を論ぜず、只だ他の大綱を知らんことを要す。且く道へ、達磨は是れ観音、志公も是れ観音、阿那箇か是れ端的底の観音。既に是れ観音ならば、什麼と為てか却つて両箇有る。何ぞ止だ両箇のみならん、群を成し隊を作す。時に後魏の光統律師・菩提流支三蔵、師と論議す。師相を斥け心を指す。而るに褊局の量、自ら任ふるに堪へず、競ひて害心を起し、数ば毒薬を加ふ。第六度に至つて、化縁已に畢り、法を伝へて人を得たれば、遂に復た救はず、端居して逝く。熊耳山の定林寺に葬る。後魏の宋雲、使を奉じて、葱嶺に於て師の手に隻履を携へて往くに遇ふ。武帝追憶して、自ら碑文を撰して云く、「嗟夫、之を見て見ず、之に逢うて逢はず、之に遇うて遇はず、今も古も、之を怨み之を恨む」。復た讃して云く、「心有れば、曠劫にして凡夫に滞り、心無ければ、刹那にして妙覚に登る」。且く道へ、達磨即今什麼の処にか在る。蹉過するも也た知らず。
現代語訳
人の伝えるところでは、志公は天監十三年に亡くなり、達磨は普通元年になってようやく来た。おのずと七年の隔たりがある。それなのに、なぜ同時に会ったと言うのか。これはきっと誤伝であろう。伝記に載っているところに拠ったのである。今はこの事は論じない。ただその大筋を知ればよい。さあ言ってみよ、達磨も観音、志公も観音なら、どちらが本当の観音か。観音であるなら、なぜ二人もいるのか。二人どころではない、群れをなし隊を組むほどいる。その頃、後魏の光統律師と菩提流支三蔵が、達磨と論議した。達磨は姿形を退けて心を指し示した。ところが彼らは度量が狭く、それに耐えられず、競って害意を起こし、たびたび毒を盛った。六度目に至って、教化の縁はすでに尽き、法を伝える人も得ていたので、もはや自らを救わず、端坐したまま逝った。熊耳山の定林寺に葬られた。後魏の宋雲が使者として赴いたとき、葱嶺で達磨が片方の履物を手に携えて去って行くのに出会った。武帝は追憶して自ら碑文を作って言った。「ああ、見ていながら見えず、逢っていながら逢わず、出会っていながら出会わなかった。今も昔も、これを怨み、これを恨む」。また讃えて言った。「心があれば、果てしない時を経ても凡夫にとどまり、心がなければ、一瞬のうちに妙覚に登る」。さあ言ってみよ、達磨は今どこにいるのか。すれ違っても気づかないのだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第一則梁の武帝後に志公に問ふ。公云く、「陛下還た此の人を識るや否や」。帝曰く、「不識」。且く道へ、達磨の道ふ底と、是れ同か是れ別か。似ることは則ち也た似たり、是なることは則ち是ならず。人多く錯り会して道ふ、「前来の達磨は是れ他の禅に答ふ、後来の武帝は是れ他の志公に対す、乃ち相識の識なり」と。且得没交渉。当時志公恁麼に問ふ、且く道へ、作麼生か祇対せん。何ぞ一棒に打殺して、搽胡せらるることを免れざる。武帝却つて他に款を供して「不識」と道ふ。志公機を見て作し、便ち云く、「此れは是れ観音大士、仏心印を伝ふ」。帝悔いて遂に使を遣はして去いて取らしむ。好だ不唧溜。当時他の「此れは是れ観音大士、仏心印を伝ふ」と道ふを等つて、亦た好し他を擯して国を出さんには、猶ほ些子に較れり。
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『碧巌録』第六十七則双林に向かつて此の身を寄せず、却つて梁土に於いて埃塵を惹く。当時誌公老を得ずんば、也た是れ栖栖として国を去る人ならん。「双林に向かつて此の身を寄せず、却つて梁土に於いて埃塵を惹く」。傅大士は没板歯の老漢と一般に相逢ふ。達磨初めて金陵に到りて武帝に見ゆ。帝問ふ、「如何なるか是れ聖諦第一義」。磨云く、「廓然無聖」。帝云く、「朕に対する者は誰ぞ」。磨云く、「識らず」。帝契はず。遂に江を渡りて魏に至る。武帝挙して誌公に問ふ。公云く、「陛下還た此の人を識るや否や」。帝云く、「識らず」。誌公云く、「此れは是れ観音大士、仏心印を伝ふ」と。帝悔いて、遂に使ひを遣はして去きて取らしめんとす。誌公云く、「道ふこと莫かれ陛下使ひを発して去きて取らしむと。合国の人去くとも、他も亦回らじ」と。
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『碧巌録』第一則挙す。梁の武帝、達磨大師に問ふ、「如何なるか是れ聖諦第一義」。磨云く、「廓然無聖」。帝曰く、「朕に対する者は誰そ」。磨云く、「不識」。帝契はず。達磨遂に江を渡りて魏に至る。帝後に挙して志公に問ふ。志公云く、「陛下還た此の人を識るや否や」。帝云く、「不識」。志公云く、「此れは是れ観音大士、仏心印を伝ふ」。帝悔いて、遂に使を遣はして去いて請ぜんとす。志公云く、「道ふこと莫れ、陛下使を発して去いて取らしめんと。闔国の人去くも、他亦た回らじ」。
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『碧巌録』第一則達磨他に一刀に截断を与ふ。如今の人多少か錯り会して、却つて去いて精魂を弄し、眼睛を瞠つて云く、「廓然無聖」と。且喜すらくは没交渉。五祖先師嘗て説く、「只だ這の廓然無聖、若し人透得せば、家に帰つて穏坐せん」と。一等に是れ葛藤を打す、妨げず他の与に漆桶を打破することを。達磨就中奇特なり。所以に道ふ、「一句を参得して透れば、千句万句一時に透る」と。自然に坐得断し把得定す。古人道ふ、「粉骨砕身も未だ酬ゆるに足らず、一句了然として百億を超ゆ」と。達磨劈頭に他に一拶を与ふ、多少か漏逗し了れり。帝省せず、却つて人我の見を以ての故に、再び問ふ、「朕に対する者は誰そ」。達磨慈悲忒殺して、又向つて道ふ、「不識」。直に武帝をして眼目定動し、落処を知らざらしむ。是れ何の言説ぞ。這裏に到つては、有事無事、拈じ来れば即ち堪へず。端和尚頌有りて云く、「一箭尋常一鵰を落す、更に一箭を加ふ已に相饒す。直に少室峰前に帰つて坐す、梁主言ふことを休めよ更に去いて招かんと」。復た云く、「誰か招かんと欲す」。帝契はず、遂に潜かに国を出づ。這の老漢只だ懡㦬することを得たり。江を渡りて魏に至る。時に魏の孝明帝位に当る。乃ち此れ北人の種族、姓は拓跋氏、後来方に中国と名づく。達磨彼に至つて、亦た出でて見えず、直に少林に過ぎて、面壁九年、二祖を接得す。彼の方号して壁観婆羅門と為す。
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『碧巌録』第一則達磨遥かに此の土に大乗の根器有ることを観て、遂に海に泛んで得得として来り、単に心印を伝へ、迷塗を開示す。文字を立てず、直に人心を指し、見性成仏せしむ。若し恁麼に見得せば、便ち自由の分有り、一切の語言に随つて転ぜられず、脱体現成す。便ち能く後頭に於て武帝と対譚し、并びに二祖安心の処も、自然に見得せん。計較の情塵無く、一刀に截断して洒洒落落たり。何ぞ必ずしも更に是を分ち非を分ち、得を弁じ失を弁ぜん。然も恁麼なりと雖も、能く幾人か有る。
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『碧巌録』第四十七則雪竇善く能く無縫罅の処に於いて、眼目を出だして頌出し、人をして見せしむ。雲門道ふ、「六不収」。雪竇什麼としてか却つて道ふ、「一二三四五六」。直に是れ碧眼の胡僧も也た数へて足らず。所以に道ふ、「只だ老胡の知るを許して、老胡の会するを許さず」。須らく是れ他の屋裏の児孫に還して始めて得べし。適来道ふ、「一言一句、時に応じ節に応ず」。若し透得し去らば、方に道の言句の中に在らざることを知らん。其れ或いは未だ然らずんば、情解を作すことを免れず。五祖老師道ふ、「釈迦牟尼仏は下賤の客作児、庭前の柏樹子、一二三四五」。若し雲門の言句の下に向かつて諦当に見得せば、相次いで這の境界に到らん。「少林謾りに道ふ神光に付すと」。二祖、始め神光と名づく。後来に至るに及んで、又道ふ「天竺に帰る」と。達磨は熊耳山の下に葬らる。時に宋雲、使を奉じて西より帰り、西嶺に在つて達磨の手に隻履を携へて西天に帰り去るを見る。使回つて奏聖す。墳を開けば惟だ遺下せる一隻の履を見るのみ。雪竇道ふ、其の実此の事作麼生か分付せん。既に分付無くんば、「衣を巻いて又説く天竺に帰ると」。且く道へ、什麼としてか此の土に却つて二三有つて、遞相に恁麼に伝へ来たる。這裏妨げず誵訛なることを。也た須らく是れ搆へ得て始めて入作すべし。「天竺茫茫として尋ぬるに処無し、夜来却つて乳峰に対して宿す」。且く道へ、即今什麼の処にか在る。師便ち打つて云く、「瞎」。
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