葉隠 / 聞書第十一
男子の育て様、先づ勇氣をすゝめ、幼稚の時より親を主君に准じ、不斷の時宜作法給ひ、口上堪忍道歩みなど迄、仕習ひ候様いたすべし。古老斯くの如く致され候由。これも奉公の稽古にて候。無精に候時は叱り候て、一日も食をくはせ申さず候。女子は幼少より第一貞心を教へ、男と六尺間より内に居合はせず、眼を見合はせず、手次ぎに物を取らず、物見寺參りなど仕らすまじく候。家内にてはきびしく申付け、難儀いたしたるが、在り附き候てより退屈これなく候。下人の仕様は賞罰あるべくと申付け、見屆など不念にては下人私を構へ、後には科になり候。入念すべき事なりと。
新字:男子の育て様、先づ勇気をすゝめ、幼稚の時より親を主君に准じ、不断の時宜作法給ひ、口上堪忍道歩みなど迄、仕習ひ候様いたすべし。古老斯くの如く致され候由。これも奉公の稽古にて候。無精に候時は叱り候て、一日も食をくはせ申さず候。女子は幼少より第一貞心を教へ、男と六尺間より内に居合はせず、眼を見合はせず、手次ぎに物を取らず、物見寺参りなど仕らすまじく候。家内にてはきびしく申付け、難儀いたしたるが、在り附き候てより退屈これなく候。下人の仕様は賞罰あるべくと申付け、見届など不念にては下人私を構へ、後には科になり候。入念すべき事なりと。
書き下し
男子の育て様、先づ勇気をすゝめ、幼稚(ようち)の時より親を主君に准(なぞら)へ、不断(ふだん)の時宜(じぎ)作法給(たま)ひ、口上(こうじょう)堪忍(かんにん)道歩(みちある)みなど迄、仕習(しならい)候様いたすべし。古老斯(か)くの如く致され候由。これも奉公の稽古にて候。無精(ぶしょう)に候時は叱り候て、一日も食をくはせ申さず候。女子は幼少より第一貞心(ていしん)を教へ、男と六尺間(ろくしゃくま)より内に居合(いあ)はせず、眼を見合はせず、手次(てつ)ぎに物を取らず、物見(ものみ)寺参りなど仕(つかまつ)らすまじく候。家内にてはきびしく申付け、難儀いたしたるが、在り附(つ)き候てより退屈これなく候。下人(げにん)の仕様は賞罰あるべくと申付け、見届(みとど)けなど不念(ぶねん)にては下人私(わたくし)を構へ、後には科(とが)になり候。入念すべき事なりと。
現代語訳
男子の育て方は、まず勇気を奨励し、幼いころから親を主君になぞらえさせ、ふだんの礼儀作法を教え、口上や忍耐、道の歩き方に至るまで身につけさせるようにせよ。古老はこのように育てられたという。これもまた奉公の稽古である。怠けたときは叱り、一日食事を与えないこともあった。女子は幼少から何より貞節の心を教え、男と六尺(約一・八メートル)より近くには一緒にいさせず、目を合わさせず、手渡しで物を受け取らせず、物見や寺参りなどもさせてはならない。家の中では厳しく言いつけ、当人はつらい思いをするが、嫁いで落ち着いてからは不満なく暮らせる。下人の扱いは賞罰を明らかにせよと言いつけ、監督が不十分だと下人が私心を抱き、後には罪を犯すことにもなる。だからよく気を配るべきである、とのことだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・述而篇子、顔淵に謂いて曰く、「之を用うれば則ち行い、之を舎つれば則ち蔵る。惟だ我と爾と是れ有るかな。」子路曰く、「子、三軍を行らば、則ち誰と与にせん。」子曰く、「暴虎馮河、死して悔い無き者は、吾与にせざるなり。必ずや事に臨みて懼れ、謀を好みて成す者なり。」
-
説苑・立節士君子の勇有りて行に果なる者、以て節を立て誼を行わずして、妄死非名を以てするは、豈に痛ましからずや。士殺身以て仁を成し、害に触れて以て義を立て、節理に倚りて死地を議せざる有り。故に能く身死して名来世に流る、勇断有るに非ずんば、孰か能く之を行わんや。
-
孫子・九地篇吾が士に余財無きは、貨を悪むに非ざるなり。余命無きは、寿を悪むに非ざるなり。令の発するの日、士卒の坐する者は涕襟を沾し、偃臥する者は涙頤に交わる。之を往く所無きに投ずれば、則ち諸・劌の勇なり。
-
葉隠・聞書第二古来の勇士は、大かたそげものなり。そげ廻り候(そうろう)気性ゆえ、気力強くして勇気あり。このあたり不審に候て、尋ね候えば、「気力強きゆえ、平生(へいぜい)手荒く、そげ廻り申す」と相見え候。此方(このほう)は気力弱く候ゆえ、そげ候事は成らざるなり。気力は劣り候、人柄は増(まし)に候。勇気は別事なり。此方は無気力ゆえ、おとなしくして、死狂いに劣るべき謂(いわ)れなし。
-
論語・衛霊公篇子曰く、「賜や、女予を以て多く学びて之を識る者と為すか。」対えて曰く、「然り。非なるか。」曰く、「非なり。予は一以て之を貫く。」
-
論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。