葉隠 / 聞書第十一
立身加增速き時は諸人敵となり、のうぢなし。遲き時は諸人味方になり、その上の幸は慥に見ゆるなり。畢竟、遲速共に諸人うけがひ候時は、危き事なし。諸人催促いたす時の幸が、のうぢあるなりと。
新字:立身加增速き時は諸人敵となり、のうぢなし。遅き時は諸人味方になり、その上の幸は慥に見ゆるなり。畢竟、遅速共に諸人うけがひ候時は、危き事なし。諸人催促いたす時の幸が、のうぢあるなりと。
書き下し
立身加増(りっしんかぞう)速き時は諸人(しょにん)敵となり、のうぢなし。遅き時は諸人味方になり、その上の幸(さいわい)は慥(たし)かに見ゆるなり。畢竟(ひっきょう)、遅速(ちそく)共に諸人うけがひ候時は、危(あやう)き事なし。諸人催促(さいそく)いたす時の幸が、のうぢあるなりと。
現代語訳
出世や加増が早すぎるときは、周囲の人々が敵となり、安定しない。遅いときは、周囲が味方になり、その先の幸運も確かに見えてくる。つまるところ、遅くとも早くとも、周囲の人々が納得しているときは、危うさがない。周囲が「早く昇進させよ」と催促してくれるときの幸運こそ、確かなものなのである。
解説
出世や加増の速さそのものより、周囲の納得を得ているかどうかが肝心だ、と説いた一条です。昇進が早すぎれば人々の妬みを買って敵をつくり、足元が定まらない。遅くとも周囲が味方であれば、その先の幸運も確かに開けてくる。要は、速い遅いにかかわらず、みなが「あの人なら」と認めているときこそ危うさがない、というのです。周囲が自ら「早く引き立てよ」と後押ししてくれるほどの信頼を得てこそ、出世は盤石になります。これは現代の組織でも、実力や地位の伸びと周囲の信望とを釣り合わせることの大切さに通じる、普遍的な処世の知恵といえます。
この章句が説くこと
葉隠出世加増人望妬み信頼
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