葉隠 / 聞書第十一
萬事目に立つ事は宜しからざるものなり。系圖を仕立て、紋所を改めなどする事、早人に見透かさるゝものなり。先祖の事を大切に存する心入ならば、潛かに誂附けて直し置く筈なり。紋所替名名字、何にても濟ませば濟むものなり。或人に意見。口達。
新字:万事目に立つ事は宜しからざるものなり。系図を仕立て、紋所を改めなどする事、早人に見透かさるゝものなり。先祖の事を大切に存する心入ならば、潜かに誂附けて直し置く筈なり。紋所替名名字、何にても済ませば済むものなり。或人に意見。口達。
書き下し
万事目に立つ事は宜(よろ)しからざるものなり。系図(けいず)を仕立て、紋所(もんどころ)を改めなどする事、早(はや)人に見透(みす)かさるるものなり。先祖の事を大切に存(ぞん)ずる心入(こころいれ)ならば、潜(ひそ)かに誂(あつら)へ附けて直し置く筈(はず)なり。紋所替名(かえな)名字(みょうじ)、何にても済ませば済むものなり。或(ある)人に意見。口達(くちたっ)し。
現代語訳
万事、人目に立つことはよくないものだ。系図をこしらえたり、紋所を改めたりするようなことは、すぐに人に見透かされてしまう。先祖のことを大切に思う心があるのなら、ひそかにあつらえて直しておくべきだ。紋所も、通称も、名字も、何であれ、済ませられるなら済ませてしまうものだ。ある人への意見。口頭で伝えた。
解説
何ごとも人目につくような振る舞いは慎むべきだ、と説いた一条です。系図をこしらえ直したり紋所を改めたりして家柄を飾ろうとする行いは、すぐに周囲に見透かされて、かえって軽んじられる。先祖を本当に大切に思うなら、目立たぬようひそかに整えておけばよい、というのです。虚栄や見栄で身を飾ることの浅ましさを戒め、控えめであることの品位を重んじる処世観がうかがえます。自己顕示や体裁づくりに走らず、内実を静かに整える姿勢は、現代でも通じる美徳といえます。人からどう見られるかより、実質をどう保つかに心を置けという、慎ましさの教えです。
この章句が説くこと
葉隠慎み虚栄自己顕示品位控えめ
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