風姿花伝 / 第二 物学条々
物まねの品々筆に尽しがたしさりながらこの道の肝要なればその品々をいかにもいかにも嗜むべし凡そ何事をも残さずよく似せんが本意なり然れどもまた事によりて濃き淡きを知るべし先づ国王大臣より始めたてまつりて公家の御たたずまひ武家の御進退は及ぶべきところにあらざれば十分ならんことかたしさりながらよくよく言葉を尋ね品を求めて見所の御意見を待つべきものなりその外上職の品々花鳥風月の事態いかにもいかにもこまかにすべし田夫野人の事にいたりてはさのみにこまかに賤しげなるわざをば似すべからず仮令樵夫 草刈 炭焼 塩汲なんどの風情にもなりつべきわざをばこまかに似すべきかそれよりなほくはしからん下職をばさのみには似すまじきなりこれ上方の御目に見ゆべからず若し見えばあまりに賤しくておもしろき所あるべからずこのあてがひをよくよく心得べし似事の人体によりて浅深あるべきなり
書き下し
物まねの品々、筆に尽しがたし。さりながら、この道の肝要なれば、その品々をいかにもいかにも嗜むべし。凡そ何事をも残さずよく似せんが本意なり。然れどもまた、事によりて濃き淡きを知るべし。先づ国王大臣より始めたてまつりて、公家の御たたずまひ、武家の御進退は、及ぶべきところにあらざれば、十分ならんことかたし。さりながら、よくよく言葉を尋ね、品を求めて、見所の御意見を待つべきものなり。その外、上職の品々、花鳥風月の事態、いかにもいかにもこまかにすべし。田夫野人の事にいたりては、さのみにこまかに賤しげなるわざをば似すべからず。仮令、樵夫・草刈・炭焼・塩汲なんどの風情にもなりつべきわざをば、こまかに似すべきか。それよりなほくはしからん下職をば、さのみには似すまじきなり。これ上方の御目に見ゆべからず。若し見えば、あまりに賤しくておもしろき所あるべからず。このあてがひをよくよく心得べし。似事の人体によりて浅深あるべきなり。
現代語訳
物まねの種類は筆で書き尽くせないほど多い。しかしこれは能の道の要であるから、その一つひとつをどこまでも念入りに稽古すべきである。おおよそ、何事も残さずよく似せることが本来の目的である。ただし、対象によって描写の濃淡を心得るべきだ。まず国王・大臣をはじめとして、公家のふるまいや武家の立ち居振る舞いは、役者の身分では及びもつかないところなので、十分に写しきることは難しい。それでも、よくよく言葉遣いを尋ね、品格を求めて、見識ある人の意見を待って学ぶべきである。そのほか、身分の高い人々の姿や花鳥風月の趣は、できるかぎり細かく写すべきだ。一方、田舎の農夫や庶民に関しては、それほど細かく卑しげな仕草まで似せてはならない。たとえば木こり・草刈り・炭焼き・塩汲みなどの風情になりそうな所作は細かく写してよいが、それよりさらに下賤な仕事は、あまり細かには似せないほうがよい。それは高貴な観客の目に触れるべきものではなく、もし見えてしまえば、あまりに卑しくて面白みがなくなるからである。この加減をよくよく心得るべきだ。物まねは演じる人物の品位によって、写す深さ浅さを変えねばならないのである。
解説
この章句が説くこと
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