葉隠 / 聞書第一
御道具を仕舞物にして取がちに仕られ候。是にて了簡仕られ候へ、賴まれぬ心入なり。御祕藏御寵愛にて、七重八重の袋箱に入れたる御道具共を、直段附をして奪ひ取り、主君の御魂入れられたる物を我々の家内の道具に使ふ事、勿體至極もなき事ぞかし。御罰を蒙らずとも、心よく有る事は了簡に及ばざる事なり。鼻の先許りの奉公、君臣の義理はなき事なり。
新字:御道具を仕舞物にして取がちに仕られ候。是にて了簡仕られ候へ、頼まれぬ心入なり。御秘蔵御寵愛にて、七重八重の袋箱に入れたる御道具共を、直段附をして奪ひ取り、主君の御魂入れられたる物を我々の家内の道具に使ふ事、勿体至極もなき事ぞかし。御罰を蒙らずとも、心よく有る事は了簡に及ばざる事なり。鼻の先許りの奉公、君臣の義理はなき事なり。
書き下し
御道具を仕舞物にして取りがちに仕(つかまつ)られ候。これにて了簡(りょうけん)仕られ候え、頼まれぬ心入(こころい)れなり。御秘蔵(ごひぞう)・御寵愛(ごちょうあい)にて、七重八重(ななえやえ)の袋・箱に入れたる御道具どもを、直段附(ねだんづ)けをして奪い取り、主君の御魂(みたま)入れられたる物を我々(われわれ)の家内(かない)の道具に使う事、勿体至極(もったいしごく)もなき事ぞかし。御罰(おばち)を蒙(こうむ)らずとも、心よく有る事は了簡に及ばざる事なり。鼻の先許りの奉公、君臣(くんしん)の義理はなき事なり。
現代語訳
主君の遺(のこ)した御道具を払い下げ品として奪い合うのは見苦しく、目先だけの奉公である。御道具を払い下げ品にして、われ先にと手に入れようとする者がいる。この一事で人物が知れる、頼りにならない心根だ。主君が大切に秘蔵し、幾重にも袋や箱に納めていた品々に値をつけて奪い取り、主君が魂を込めた物を自分の家の道具に使うなど、まったくもって恐れ多いことだ。仮に罰が当たらないとしても、そんなことを平気でできる神経は、およそ理解の外である。目先だけの奉公であって、そこに君臣の情義などありはしない。
解説
この章句が説くこと
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