論語 / 八佾篇
子曰:君子無所爭,必也射乎。揖讓而升,下而飲,其爭也君子。
新字:子曰:君子無所争,必也射乎。揖譲而升,下而飲,其争也君子。
書き下し
子曰わく、君子は争う所無し。必ずや射か。揖譲して升り、下りて飲む。その争いは君子なり。
現代語訳
競争にも礼を。勝っても負けても品位を崩さない。
解説
本来、立派な人は他人と張り合ったり争ったりすることを好みません。もし争うことがあるとすれば、弓を射る競技くらいのものです。それも、始める前には互いに礼儀正しく会釈をして順番を譲り合い、勝負が終われば連れ立って酒を酌み交わす。そんな争い方こそが君子らしい、という教えです。競い合う場面は誰にでもあります。子どもの試合で親同士がむきになったり、ご近所や職場でちょっとした張り合いが生まれたりすることもあるでしょう。しかし、勝っても相手を見下さず、負けても不貞腐れず、終わったら気持ちよく握手を交わせるかどうか。勝ち負けそのものより、その競い方に人柄が表れます。礼儀を保ったまま競い合えることこそ、本当の意味での強さなのです。
この章句が説くこと
ルール遵守敬意謙虚さ品位企業文化
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