葉隠 / 聞書第十一
女の手跡は、みそ乞ひ文とて、親の所へ味噌乞ひに遣はす分の埒明けば、手跡は入らぬものなり。」と。
書き下し
女の手跡(しゅせき)は、味噌乞(みそご)い文とて、親の所へ味噌乞いに遣(つか)わす分の埒(らち)明けば、手跡は入らぬものなり、と。
現代語訳
女の筆跡・文字の教養などは、「味噌乞い文」といって、親元へ味噌を分けてくれと頼む手紙が書ける程度の用が足りれば、それ以上の手習いは不要なものだ――と言う。
解説
女性の手習いは実用最低限で十分だとする、当時の一条です。「味噌乞い文」が書ける程度でよいという言い分には、女性に高い教養を求めなかった江戸期の価値観が色濃く表れています。武士社会が男性中心の実利主義に立っていたことをうかがわせる史料ですが、その内容そのものは、性別によって学びの機会を限る差別的な見方であり、教育の平等を当然とする現代の価値観とは相容れません。今日ではこの主張に従うべきものとしてではなく、あくまで時代の女性観を映す歴史的な記録として読むのが適切です。過去の常識を無批判に受け取らず、距離を置いて捉える視点が求められます。
この章句が説くこと
葉隠女性観手習い味噌乞い文江戸時代価値観の相違
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